潜水日記

思考の記録です。

「その日はうちの嫁が病院に行くって言うものでそれに付き合うので…」

仕事で上司同士がそのような会話をしているのが私の耳に入ってくる。

 

私は他者の言動に対して判断を下すのが苦手だ。逃げているのかもしれない。

言語化できないところがあるし、言葉にすることを回避している節がある。その発端は自分の両親に対して幻滅したくないという子ども心ではないかと思う。父の振る舞いに対して、母の言葉に対して、私は自分の価値観で判断を下したくはなかった。逃げ道を作りたかったし、言葉にしなければそれは本当にはならないと思っていたから。あとは、昔から父も母も、世間一般的なレベルでの噂好きであり他者を批評する人間だった。私はそれを「そうは言っても…」と宥めたり提案したり逸らしたりしていた。これは多分私の性格や考え方の問題で、私は極端にどちらかに寄っている状態が好きではないのだ。AがあればBもある、そうやって可能性を残していくことを好んでいたから、母がAと言ったところで、私はBもあるじゃないかと、常に反対のことをしていた。私の文章はかなりA but Bの用法を多用している。そのことは、一応自覚している。

ということで、上司の嫁発言についても、別にそれが上司の人となりを判断する材料にはなり得ないし「この人はこういう人なんだ」と断定するつもりもない。しかし引っかかったことは事実で、だからこのような文章を書いている。

 

「嫁」という言葉は好きじゃない。好きじゃないというよりは、私自身は使うことを極力回避したいと思っている。オタクの領域で「うちのヨメ」という使い方がされているのをしばしば聞くが、あれはまたニュアンスが異なると思うので(どちらかというと、カタカナだ)ここでは考慮しない。あくまで生身の人間、自身の配偶者を指すときに用いられる「嫁」についてだ。

まず漢字からして「女」と「家」だ。まあ、でも女が家にいなければいけないわけではないからな。だから私は漢字が微妙だと思っている。あと個人的に気になるなぁ~と思っている「嫁」という感じの成り立ち。正確には追えてないので不思議だなと思っている「責任転嫁」の「転嫁」という単語。何故に?と思うから逆に印象に残って覚えやすい単語なのだけど、何故に「嫁」。あれかな、女の人が旦那の家に行く「移動」のイメージが「おしつける、かずける、罪を他になすりつける」の意味になったのか…?(漢和辞書を引きながらぶつぶつと)

ということで、私個人としては「嫁」は「無い」言葉だ。重ねて言うけど、他の人のことは知らない。

 

加えて、妻とか夫、奥さんもあまり使わないと思うので、なんというか配偶者を指す言葉としてもう少し違う言葉を編み出してもいいような気がする。何故、妻や夫、奥さんなどの言葉を使わないと思うのかというと、そこにはジェンダーが絡んでくるような気がするから。できるだけ多くの人がフラットに使えるような表現になればいいなという気持ちがある。また、自分が使うからには聞き手の人にもモヤっとした気持ちを抱いてほしくないからということもある。

この関連で言うと、最近めちゃめちゃ引っかかっているのが「もし自分が女だったら(男だったら)誰と付き合うか」という質問なんだけど、それも書いていいか(止まらない)(ていうか、そもそもこの質問って圧倒的に男性が振られる話題な気がするのだがどうなんだ)。

私は「性自認が女で恋愛志向が希薄なヘテロセクシュアル(仮)」だけども、仮に女性のことが好きな女性だったとして「もし自分が男だったら付き合いたい子、誰?」と問いかけられたとき、私はもしかしたら答えられるかもしれないけれど(でも女性同士の会話でこの話題になることは本当にないね)

女だけれど男になりたい女なのか、

女で女として女を愛したい女なのか、

そもそも人のことを愛するという選択肢がない女なのか、

またはそれ以外のあらゆる場合、

という考慮はものの見事に欠如していて、暴力的だとすら思えてしまう。

この質問は難しい。私は「恋愛対象として考えたときにどんな人間を魅力的に思えるか」という答えのいわば上澄み部分を楽しんでしまうけれど、その答えが出力される過程に様々な暴力性が秘められているような感じがして、それならば私の楽しみは別にどうでもいいので(死にはしないので)質問すること自体を控えたほうがいいんじゃないか、と思ってしまうのだ。

 

と、言葉に対するこだわりを考えるときりがない。これらのこだわりは私個人の領域において適用されるものであり、他の人がどのような言葉にこだわりを持つのかというのは私の関心事。