潜水日記

思考の記録です。

ワンプレート

その女の人は鼠色のパーカーに黒のパンツ、耳には白のAirPodsをつけて、先に運ばれてきたいちごのフラッぺをズズズと啜りながらスマホを見ていた。かっこいい人だなと思った。人間に対して好みがあるとすれば、私はこんな人をいいと思う、そういう良さだった。


私と彼女は1人ずつほぼ同じタイミングでお店の暖簾をくぐり、近いけれど別々の席に座った。肉と野菜とご飯がひとつのお皿に盛られたワンプレート形式のお店で、私も彼女も少ない肉と野菜とご飯が一緒にのったものを頼んだ。そして彼女はさらにフラッペも頼んだ。やるなぁ、と私は思った。

ほぼ同じタイミングでワンプレートが私たちのところに届き、私たちはそれを食べる。野菜を食べ肉を食べご飯を食べる。

サラダにはヤングコーンが添えられていて私はとても嬉しくなる。ぽきぽきと口の中で鳴る音が楽しいからいつまでも食べていたいのに、ヤングなコーンは1本しか入っていない。ハンバーグにも箸をのばす。食べる。普通に美味しい。この「普通に」とはなんなのだろうな。普通に美味しいとしかいえないこの美味しさ。美味しいとは思ってなかったけど、というか前置きが含まれるかしら。そうは思わないな。当たり前に美味しい、とも少しちがう。素朴な美味しさ。素っ気ない美味しさ。ただ美味しいという美味しさ。

ふとどこからか「殺してやりたい」という声が聞こえてきた。ああ、私の座っているカウンターの正面に座っている二人づれの女性か。

「このグミそんなに美味しくなかったんだよね」と同じテンションで吐き出された「殺してやりたい」は、ギョッとした私をたちまち安心させる。言葉を取り巻く言語化できない雰囲気はテキストにすると削ぎ落とされがちで、多分昨今の問題にも関わってきている。また、なかなか口に出せない言葉というものが各々存在していて、私は「死ね」とか「殺す」とかそういう言葉は多分自発的に使ったことがない。それはハリーポッターのせいだと思う。部下か同僚か、上司か、とにかく彼女の仕事仲間が使えないらしい。言葉って、コミュニケーションってなんなのだろう、と思った。飴玉を口の中で転がすような、そういうコミュニケーションがあるように思った。

喋らずにいられたらそれでいいのにな、と思いながら私はなおもハンバーグを食べる。空白を埋めようと喋りがちで、ひどい時には帰宅してぐったりするほどに消耗する。自己嫌悪に陥り、私はもうこれから一生喋らないと心に誓い、翌日起きたらそれを忘れているのだ。

気がついたら鼠色の彼女はそろそろ席から立ち上がろうと鞄を漁っていて、私の目の前の皿は使いかけの箸とお手拭きしか、ない。いつのまにか食べ終わってしまったようだ。長居するつもりもないし私も行くかと思ったところで、もう鼠色の彼女はいない席が目に止まった。いちご色のフラッペは三分の一、ワンプレートも野菜が残っていた。なんだかなぁ、そうか、そういうこともあるのねぇ…と思いながら、全自動の会計機にお金を支払う。千円札を入れたらピコーンピコーンと音が鳴って戻ってきた。