潜水日記

思考の記録です。

スケジュール

だれもいない、

だれもいない、

だれもいないったらだれもいない

と、心の中で歌いながら地下通路を歩く。私の靴がコンクリートをリズミカルに叩く音に合わせて。

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誰もいなかったのだ。驚くことに。

もしかしてのもしかして、私は私以外の人類全てを心のどこかで憎んでいるのだとすれば、どうしたらいいのかな、なんてことをチラッと考える。これは危険思想だ。あってはならない考えだ。愚かで傲慢で身の程知らずな馬鹿馬鹿しい考えだ!

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でも私は誰もいない場所を撮るのが好きだ。人を撮ることに躊躇いがあるということもあるけれど。残ってしまうし、写真として。一眼レフでもなくコンデジでもない、そう、ミラーレス一眼が欲しいな。とか思っていたら翌日本当に買ってしまった。ミラーレスではなくコンデジにしたけど。

 

なんだか悲しくなってしまった。

先ほどまでの安堵は一瞬にして恐怖に変わり(それは馴染み深く知っているやつだけれど)呼吸がなんとなく浅くなるので深く呼吸をするようにして、自分が泥沼の上を歩いてないことを確認するように自分の靴音に耳を澄ませる。コツコツという硬い音が聞こえて少し安心する。

別に私であることを示す必要はないし、誰のことを愛さなくても生きていいはずだ。生きることに理由なんて必要ない、もう差し出すものがない私だけど、息を吸っていいはずだ。頭ではわかってるし、わかっているからここまで問題なく生きていけている。私はいたって普通で、これはただ弱ってるだけのこと。

 

柴崎友香寝ても覚めても』の朝子は写真を撮る人間で、その恋人、麦は写真に撮られるのを嫌がる人だった。小説を読みながら、私は写真を撮りたいなぁと思っている。写真を撮りたいし絵が描けないから文章を書きたい。私がやりたいことなんてそれくらいで、大したことではないけれど大事なことなんだ。それはとっとと認めちまうぜ、と思う。

価値がない。全然ない。他者と比較してとかそんな話ではなく、絶対的に価値がない。そして、価値がないことは、他のいかなる理由にもなり得ない。例えば人を好きにならない理由にもならない。しかし私は人を好きにならない。

 

 

優しくない。救えない。何も変わらない。

 

翌朝、黒表紙の日記帳の真っ白なページをひらき、万年筆を手に持つ。書きたいことをどんどん書いていく。幾分気分がマシになり、体がばきばき痛んでいることに気づく。

ふと思い立って、スケジュール帳をひらく。無印良品のフリースケジュール。

私のスケジュール帳は予定より実際にあった出来事の占める割合が多くて、その日食べたものとか行った場所とか色々書いている。日記帳をぱらぱらとめくり、日記を書いた日はスケジュール帳に印をつけていく。どのくらいの頻度で日記を書いているのかというのを私自身把握していなかったことに気づく。4月、8/30。5月、22/31。6月、22/30。4月は死んでいて、5月から息を吹き返したって感じ。これ以上の頻度では書けなさそうな感じがしている。書かない日も風を通すためには必要と思う。

 

消えたいと凪いだ気持ちで軽やかに思う瞬間と、消えたほうがいいと思う泥のようなときと、今日も頑張ったなぁ、明日は何をしようかなと思うときが混ざりに混ざって私はできていて、それは特別矛盾しない。どれもそのときには真実であって、バランスが崩れることがないことを願っている。