潜水日記

思考の記録です。

車の底(20200614)

 プールの底に沈んだことはあるかい。

 

 あれは今日のような天気で、灰色の雲が空一面覆い尽くし、しとしとと雨が降り止まぬ日だった。

 個人の体にもよるだろうけれど、人間は実はなかなか沈まないものなのだ。何もしなければ、だけれど。水をぐんぐん吸う衣服を身につけていなければ、力を抜いてリラックスしていれば、人間は水に浮く生き物だ。

 私は息をたっぷりと吸い込み、プールに潜る。スーッと底に向かって水を掻き、手のひらで底を撫でることができるぐらいになったらくるっと体を反転させ背中を底に向ける。手のひらや足を使って自分の体が浮かないようにしながら、少しずつ少しずつ肺の空気を口から逃がす。私の呼気が泡となってぷくぷくと上へ上へあがっていく。首飾りの宝石のように規則正しくつながっていく泡たちは、やがて途切れる。息を吐き切って苦しくなるまでの少しの間、私は空と底の境界を見つめる。

 静かだ。プールに沈んでいるのは私一人だけで、私とプールと雨しかこの世界には存在しない。空から降ってくる雨音が、ぱちぱちと水面を叩く。波紋が広がっては消え、消えてはまた広がるのを私は飽きることなく観察する。それらは秩序だった音色のようで、まったくもって不規則なものに思える。私は心くすぐられる。すべてが説明できてしまうと思いがちな傲慢さに冷や水をぶっかけたい。

 

 疲れていた。悪くない疲れだ。まったくもって悪くない。だけど心底くたくたで眠たい一日だった。体は半ばまどろみ、怠さが抜けてくれない。誰に聞かせることもなく口を開けば「眠たい」と呟くような一日。ついには一人車内に残り助手席の背もたれを後ろに倒して横になる。運転する家族には一人で用を済ますようお願いして。

 目を閉じて暗い方角へ意識を向ける。そのうち、ぱらぱらと音が聞こえてきた。雨が降り始めたようだ。リズミカルに車体を鳴らす。フロントガラスの低くて厚みのある音に対し、車体の方が金属でできているからか少し高くて細い音だ。なんだか陽気な音だなあと思い、雨音を体に通す。あの日プールの底で雨の波紋を見たときと同じだなと思った。あの時から一体どれほどの歳月が流れ私は何が変わったのだろう。一瞬考えた。

 そうこうしているうちに、唐突に運転席のドアがガチャリと開き「お待たせ」という声が聞こえた。「待ってないよ。お店混んでいた?」会話を続けようとする私には、もう雨音もあの日の静けさも聞こえてはいなかった。

 

dorian91.hatenadiary.jp

 

 プールの底ってのが、私は好きです。そして泳ぐことが好きです。多分まだまだ拾いきれてないことがあって思い出したときにそれは書くことにします。

 私はよく慌ててしまうところがあるので、慌てなくていい状況を好みがちです。プールの底ではどうやったって慌てる必要がありません。もちろん水深が深く水が冷たい場所では不測の事態への警戒は必要です。夏場のプールの痛ましい事故が決してゼロにはならない事実からもわかる通り。ただ私にとってはプールの底というのは慌てなくていい空間なのです。誰とも喋らなくていいし(大事)できることが限られている。水の中は基本的には静かでひんやりと冷たいから血がのぼった頭を冷却するのにもぴったりです。