潜水日記

思考の記録です。ブログの名前を変えました。

願いは叶わない(20200517)

 新聞を読むようになった。というか読むことを面白いと思えるようになってきた。

 「マスゴミ」と言うのは容易いけれど、それは深く掘り下げるのをやめているように思えるし、私は世の中を面白がることに決めたのだ。interestingである。暇つぶしである。

 紙の新聞の良いところは、一覧性があることだと思う。デジタルではこうもいかない。一画面に複数の記事が乱立しているのが魅力であって、それはスマホでもタブレットでも難しい。だから紙の新聞がどんどん弱くなっていくのは私は看過できないことだと思っている。ネットの記事は、好きじゃない。今日面白かったのは「2020(2021)のオリンピックの柔道日本代表の再選考は行わない」という記事だった。検察庁法改正案の問題も引き続き注視している。新聞が何を取り上げるのかというところまで考えるのが楽しい。

 私は私で、他人は他人。これの折り合いが私はまだうまくつけられていない。他人を洗脳できる能力があればもしかしたら活用していただろうか。まあ多分しないな。しないけど、私の根底には、私以外の人間が好きじゃない、他人が私の思うようにならないことへの怒りというどす黒いものがあるわけで、それを制御するための一案が「面白がる」ということなのだ。解毒とまではいかないけれど、どす黒いものと共存することぐらいはできる。

 他人が自分の期待するようにはなってくれない。そう思うことは間違っている。しかし、そう思わざるを得ない。期待はつまり自分は理解してもらえなかったという失望と同義で、許されたい認められたいという承認欲求と結びついている。自己肯定感は以前ほど低いわけではないはずで、どうしてこんなことになっているのかというと、他人に理解されたい一方で簡単には理解することができない人間になりたいという相反する考えをする限り、この問題は解決はしないだろう。解決することはもう諦めていて、他の人に迷惑をかけないよう拗らせを悪化させないことを心に刻んでいる。難しい。台風みたいな、はた迷惑な人間である(台風は別に迷惑なだけの存在でもないので、喩えで台風を出すのは妥当ではないが、嵐みたいだ、私は)。

 

 豚の貯金箱(陶器)を手に入れる。はちゃめちゃに可愛い。あまりに可愛いので小銭貯金していた中身をそのままそっくり全部豚ちゃんに移し替えた。背中にあけられた細い小銭口に小銭を一枚一枚シャリンシャリンと入れていくのが楽しい。小銭を入れ終わった豚ちゃんは推定2,3kgあるずっしりとした重みで、頭上から振り下ろせば人を殺めることができるぐらいの重さである。一方で手のひらに収まる絶妙な大きさ。陶器特有のつるつるとしたボディ、柔らかなピンク色、愛らしい眼、頬が微かに赤らんでいて、ずっと手に持っていたい。

 これがミクロ。ピントを狭める。個人的なということはそういうこと。そこには叶わない願いはない。私が見た世界。私が見たい世界。拡張と縮小。拡張すると願いも広がる。そしてそれらを叶えられないことを思い知る。だから私は縮小する。でもそれだけでは気持ちが悪いので、拡張したり縮小したり、そういう感じになるのかなと思う。文章がそれと同期するかまではわからないけれど。