ベランダの実験室

思考の記録です。

停滞(20190314)

幸せになってください

情に熱い人間だとは思っていない。淡白で支離滅裂で基本的には自分のことを考えている人間で、人間関係の機微には疎いという自覚がある。同情しないし面白いと思えないことは理解したいと思っていたい、人間に冷めている人間だ、と。

ということで、具体的な個人の幸せを願う熱量が私には無い。例えば身近な例だと家族とか恋人とか(それはいないけど)友人とか。皆さんはそれを日々願っているのですか?一度私は聞いてみたい。

反対に、時々ではあるけれどごく個人の対極、ぼんやりとした「人間」の幸せを願わずにはいられない瞬間がやってくることがある。例えばコカインに手を出した人間とか、例えば他者に尊厳を蹂躙されて傷ついている人間とか。私はその人たちを存じ上げないし、出会うことも無いだろうし、仮に出会ったらその瞬間から幸せを願うことは無いのだろうけれど、幸せではない人に幸せになってほしい瞬間が時々やってくる。

幸せになってくれないと、私の寝覚めが悪いからだ。

私はその人たちを救うことはできない。全員を救うことができないが、救うための活動は多分できるのだろう。でも私はそれをしない。キリが無いからだ。そんな面倒くさがりで薄情な自分を見たくないという理由で(無関心な自分)私は私以外の人間の幸せを願わずにはいられない。なんて利己的な考え方なのでしょう!自分の無力さを忘れさせてくれるのは、全員が幸せになることなのだけど。だから最近は落ち込む。色々と。

 

ごく個人的な話

個人的な話をこれからもずっとしていきたい。最近書けてないけれど。それが全員に通用するものじゃない、拡張する物語だとは到底思えないことを。

 

荷物が多い

12時の陽光、私はスマホと財布、イヤホンを装備して歩く。バッグとコートに解放された私のいかに身軽なことか!このまま踊るように日暮れまで歩きたいという気持ちを殺し、私はまた無機質な建物の中に戻っていく。次の休みは絶対踊ろう。そう思って数週間が過ぎた。