ベランダの実験室

思考の記録です。

深爪日記(20190224)

 私には爪を噛む癖がある。別に何かがあったわけではないのだが、治そうと思ったのでいい機会だ、何か書こうぜ、という気持ち。

 

 といっても爪噛みという癖にドラマ(ドラマ?)など何もない。本当に無意識の癖であって、今まで不利益を被った自覚もないのである(自覚がないだけであって、他者からの印象を悪くしている可能性は大いにある)。

 私の場合、爪噛みを癖とする人間が身内に既にいたことと生まれつきの形成疾患が私の中で爪噛みがごく当たり前に存在する理由の1つになったのではないか、と考えている。ただ正直どうでもいいよな。1つひとつの行動に対して、理由を、仕組みをあてがいたくなるのは人間の性(さが)だと思うけれど、なんでも説明できるものなのだろうか。それが正しいって何が証明するの?(多分学問的にきちんと明かされていることもあるのでしょうけれど)

 私が爪を噛むのは、考えごとをしているとき、そしてそれが上手くいっていないとき。私が深爪を治そうと思ったのは、爪を綺麗に塗りたいから。爪を塗りたいと思えたのは、関心が外に向いているってことだと思っている。

 元来私は自分の容姿のことになるとからきし駄目で、心底どうでもいいと思っていた。どうでもいいと思いたかった。自分の容姿が嫌いというよりは、自分の器を意識したくなかった。自分という器を見られるというのが本当に駄目で(自意識過剰なのはわかっている)今もあまり意識しないようにしている。私は透明になりたい。今も。

 ただ少しずつ変わってきたこともあるわけで、それが生きることのちょっとした楽しみなのはわかってきた。

 取り急ぎネイルについてはご教授いただいたので、この文章を書き終えたら色が薄いマニキュアと整える道具(ネイルは意外と必要なものがあるらしい)を買いに出かけるつもりだ。爪の状態が散々なので濃い色は塗れないけれど、マニキュアを塗れば爪を意識せざるを得ないし噛むことも減るかもしれない。そしてやがては爪噛みという行為そのものを無意識のさらに奥底にしまうことができたなら。

 

 爪を塗ってもらう。お世辞にも綺麗とは言えない形の爪。光が当たるとぴかっと照り、この艶はできるだけ維持したいものだ。そう思えたのだから爪噛み克服できるのではないかと私は楽観視している。

 塗ってもらった爪は鼻に近づけるとツンと匂いがした。