ベランダの実験室

思考の記録です。

日記(20190216)

 具体的な話

 インターネットというものが生まれ、私たちは容易に他者によるアウトプットに触れることができるようになった。呟きも日記も。その人が考えたこと、見たこと、経験したこと。

 やがてその内容が「確からしく」ネットの海を漂流し、それに賛同するものが多くなればなるほど存在感が増して「常識」という皮を被り大通りを練り歩くようになる。でも元々は一個人の考えであり経験でしかない。それを人類全員に適応することなど、どだい無理なことである。

  私が語りたいのはそういうことじゃなくて、私しか経験し得ないこと。私がこの目で見て感じたこと、それだけなのだ。自分が特別だと主張したいわけじゃない。多分私は具体的な話がすべて平等、かつ、その内容が多様であってほしいのだ。

 強引にまとめられてしまったバラバラの具体的な話は、まとめられる際に何かが抜け落ちてしまったはずだ。抜け落ちたものこそ味であり人間性だと思うのだけれど、私たちは何でもわかりやすく説明したいきらいがある。わからないことは、怖いから。

 

牛丼の脂

 久々に牛丼を食べる。牛丼の美味しいところって赤身と脂の境目、時々である甘ったるい脂の部分だと思っていて(まだそういう風に思える年齢である)ほろっと舌の上で溶ける脂身が美味しいなと思える舌の持ち主で良かった。1万円の料理を毎日食べられる身分で牛丼を美味しいと思えない人間と、400円しない牛丼を美味しいと思える人間ならどちらが幸せか、無駄な思考実験である。私は後者なのだから。そしてそこそこに幸せなんだと思う。

 

摩耗

 擦り減っているような気がする。回復しない。元気がないわけじゃないのだけど。いや元気が無いのか。感覚が死んでいるような気がする。でないと日常生活を送れないから。いちいち反応していたらいくらエネルギーがあっても足りない。だけど忘れるだけの衝撃を得るためにはいちいち感動していたいから結局緩やかに死んでいくことになる。元気になりたい。元気になる。

 

願い

 私の願いは、今日が今日であること。