ベランダの実験室

思考の記録です。

パー子さんの写真(20190131)

  私は林家ペーパー夫妻とか叶姉妹さんとかが結構好きで、ふふふとニコニコしながらよく彼ら彼女らがテレビに映ると眺めてしまうのだけど、今日いつものように通勤しながらパー子さんの写真について考えていた。唐突に。

  よくわからないぼんやりとしたイメージなのだけど、林家パー子さんはよくパシャパシャ写真を撮っている気がする。パー子さんにとって写真ってなんなのだろう。何を撮っているのだろう。撮ったものとどう向き合うのだろう。見るの?捨てるの?飾るの?

  生気がなく猫背がちな死者の群れが、同じ方向に向かってぞろぞろと行進する。私もその葬列の一員であり、きっと死んだ人間の顔をしているのだろう。撮りたいとすれば、今この瞬間だ。でも撮れない、当事者ってこともある、葬列は撮ることが禁忌という根源的な何かが私にシャッターを押させない。

  一応写真撮りたい撮りたいと思ってはいて、コートのポケットにデジタルカメラを忍ばせてはいるのだけど、どこまでも当事者であるのが生活だからなのかな、平日は全然写真を撮れない。

  ということを考えながら、パー子さんの鮮やかで濃いピンク色を私は思い出していた。