ベランダの実験室

思考の記録です。

根拠は過去(20190122)

 自分の中で色々なものが色々に落ち着いてしまって、焦がれていない日々を過ごしている。自分の取り扱いが上手くなったし、あまり気落ちしなくなった一方で、感情の瑞々しさがなくなったような気がする。少し、寂しい。

 「大人になると時間はあっという間だよ」それは事実だと思う。私が「大人」という自覚はまるでないけれど、月日が経つのがとても早い。そのあっという間にどうにか抗いたくて、私は今日も見てきたことや感じたことを細々と何かしらの媒体で綴っている。これからもそうしていきたいと思っている。

 過去に自分が書いた文章を読み返す。例えばブログの文章を。本の感想を。ああ、もう1年も経っているんだ、と驚く。懐かしく、愛おしく、ああ書いていて良かったなと思う。今からじゃ二度と手に入らないものだから。私は貧乏性だからいつも何かを書いていたいし残しておきたいのだ。

 大丈夫だろうか、と思う夜がある。明日起きられるだろうか。動けるだろうか。生きていけるだろうか。一日という長くてあっという間な時間を、果たして自分は埋めることができるのだろうかと思う夜があるのだ。だけど、過去の私は何かしらの方法で埋めてきた。その空白を。だから、大丈夫。私は、明日も。根拠は過去の私が作ってくれた。その文章。

 いつまでも、過去の私と同じことができるとも思えないけれど、いつだってどうにかやってきた。それならば、ちょっとだけ「前向き」とやらにエネルギーを注いでも死にはしないだろう。明日をほんのちょっとだけ素敵に生きられれば、それは200点である。

 

 書く。考える。

 休みなんて、切望したくない(とても休みたいけれど!)1週間で区切るのではなく、世界を1日でできれば区切りたい。