ベランダの実験室

思考の記録です。

壊れたい。果てしなく。

  そこそこに元気であるが、ふとした瞬間に自分が自分であること、自分が文章を書くこと、考えること、喋ること、に意味を見出せないというか、何故私はここで呼吸し喋っているのだ!なんなんだ!と混乱する。

  その問いへの答えを、私は18歳くらいまでには既に獲得していて「意味などありません。ただそこで息をするのです」と自分を宥めながら生きているのだ。

  私は私であること。私はこんなことが好きなのだということ。チャレンジしてみたいのだということ。すべてつまらなくなり、壊してみたくなる。そんな瞬間は一時的なもので、すぐに日常の雑事に流されてしまうのだけど。

  こう、果てしなく壊れたい気がする。壊れる?壊れるねぇ…。壊れるとはなんなのだろう。何が不満なのか。もっと、もっと言葉にしたいというか。よくわからない。もっと潜りたいし、もっと…細部まで?ああ。ただただ頭に浮かぶんだイメージを言ってるだけなのでご容赦。

    私が私であることの限界というか、窮屈さというか、そうだね私は私以外の誰かになりたかったのだ。というか、私以外の誰かにもなりたかった。1度きりの人生、私でしかないなんてつまらなすぎる。できれば5人くらい「私」があればよかったのに。

  書いても書いても孤独。この際孤独であること、それを自覚し寂しがることは些事でしかないけれど、それでも孤独なのである。

  私が惹かれる言葉は「その人が」発してる言葉。その人の血肉。生きた、誰かの受け売りじゃない言葉。そういうものを集めたいなーとは思った。私も、そういう言葉を吐けたらいいのに。壊れたいな。もっと勉強しておけばよかった。私、学生時代何やっていたのだろう。そう思う今日この頃です。