ベランダの実験室

思考の記録です。

日記(20181216)

【2018年12月15日(土)の自分のメモ書きより】


最近楽しい。
ようやく雪が解けてきた感じがする。長かった。
本当は、本当は。早いところ雪が溶ければよかった。学生生活は完全に終わりの見えない冬のまま過ごしてしまった感がある。冬を過ごしていると、とにかく内省的になる。違うな内省的だからいつまで経っても春がこなかったのかな。でも私は内省的ってのは悪い事じゃないと思うんだよな。
他人を呪う。不寛容になる。(まあそれは今も同じだけれど、それは私の元々の性格がそうだからだ)不義理を重ねて重ねて逃亡し泣き喚き、今に至る。いろんな人間関係ぶった切って生きてきてしまった。
本当に、私には何もない。

 

 

昨日の私は楽しかった。

今日の私はそこまで楽しくない。

 

何があったわけでもなく、哀しく胸が痛くなって、もう立ち上がれないのでは、起き上がれないのでは、目の前のデバイスから目を釘付けになったままではないか、そういう恐れを抱きながら、私は玄関の扉を開けて買い物に出かけた。よくやった、私。

満足のいく買い物ができてまっすぐ家に帰った。その間、ずっとヘッドフォンを耳から外すことができなかった。今この外界の喧騒を聞いたら狂うと思った。

 

それでも12/15の私の言っていることは概ね間違っていなくて、昔に比べれば今の私は格段に楽しい。良かったなと思う。ここまでやってきて。

何が良かったかって、救いになるものがたくさんできた。ずっと待っていた作家さんの新刊ができあがるかもしれないですよ。まだこの人たちの音楽を聴いていたいという好きなアイドルがたくさんいる。美味しいものも食べたい。行ったことがないところにも行きたいし、もう少し写真を撮れるようになりたい。絵も描けるようになりたい。本当はピアノも弾けるようになりたい。小綺麗にしたい。だから、生きたい。

でも。

気が緩むとどんどん落ち込んでしまう。ニュースなんてもう見れない。テレビもしんどい。SNSも見ないほうがいいかもしれない。電車の中の会話もアンテナが声の周波数を拾ってしまうともうそれしか聞こえなくなる。そういう中なんとかやっていっている。まあ死ぬことはないのだけれど、せめてガツンと落ち込む頻度は減らしたいと思いながらうまくいってないことに落ち込む。何故。うまくいかない?

しんどいときは、なるべく通常通りに努めること。早く寝ること。湯船にゆったり浸かること。本を読むこと。文章を書くこと。運動すること。何か新しいことをしようと思わないこと。できない自分を責めないこと。それで良い

でも、貧乏性の私は落ち込んでいる時間がもったいないって思ってしまう。早く何かしないと。よりよい自分になるために何かを。気持ちが焦る。だから、いつまで経っても休まらない。泣きたい。

 

今日のしんどさを。

一人でも、何のためにならなくても、読まれなくても、ただ書くことを大切にできる強さを私にください。

ふと、そう思った。よくわかんないのだけれど。この記録に対する謎の執着はどこから生まれたのだろう。とりあえず書いておけばいいでしょう?いつか笑って読める日が来るかもしれないから。鳩サブレの缶に大したことないメモ書きをどんどん放り込みたい。そんな欲求が昔からあるのだな。鳩サブレの缶って古典的な黄色でしっかりした缶で捨てにくいからお土産としてはどうなのかなと思うけれど、タイムカプセルとしては最適なのだ。

 

ということで、考えながら書いていたらだいぶ明るくなってきた。

今日はやりたいことやったらもう寝てしまおう。