ベランダの実験室

思考の記録です。

小さきものの死(20181129)

〇〇さんの家の△△が今日の午前中に亡くなったみたいよ。風邪なのか感情的になってるのは、それを私に伝えた本人は若干鼻声気味である。

他所の家の犬が亡くなったらしい。私も知ってる家の私も知っている犬だ。ここ2週間ほどの体調悪化だったらしい。

だから嫌いだ。死が。いいや、違うな。死そのものに対しては好悪の感情はないのだけど、死をめぐって動転してしまう「人間」というものが嫌いだ。そんな光景を見たくなくて、だから私はペットもできるだけできるだけ遠ざけたい。

死は悲しくない。悲しむくらいなら生きてる間になんとかしろ、と思うしその思い出を大切にすればいい。そして生き抜いたことを褒め称える会でもいいのではないか、葬式というものは。生きることもなかなかにしんどいものであるのだから。

死ぬのは怖いな。どんな気持ちなのだろうな。生きるのも怖いな。生きててもどんなふうに怖いのかはうまく言葉にできないこともある。 

自分のペットが死ぬ時、私はどこか遠い遠い場所のホテルに泊まりたい。優雅に朝ごはんを食べていたい。ふわっふわのベッドにダイブしたい。君のそばに居たくない。これは真面目な話でもあるし、私が人でなしってことなのかなと思っている。それか幼いってことなのだろうね。