ベランダの実験室

思考の記録です。

マックフライポテトLサイズ(20181128)

店舗によるかもしれないですが、かのハンバーガーチェーン店マクドナルドが期間限定で「マックフライポテト全サイズ値段150円」ってのをやっている。普段はマックに行かないけれど(年数回の朝マックは除く)この時だけは期間中1回は立ち寄ってしまう。

SもMもLも全部同じ値段だなんて!!!なんて素敵な試みなの!!!もはやSとMは売る必要ないんじゃないかって思っているけれど、きちんとマクドナルドさんはSもMも売ってくれている。大は小を兼ねるって言うじゃないですか。だから私は当然のようにLサイズを注文します。

大は小を兼ねるならば大を手に取る。それが私の主義。でもこれって、もしかしたら今のうちなことかもしれないなと思ったのでした。大は小を兼ねるけれど、もうどうあがいても小しか手に取れないときがやってくるのではないか。

例えば、私は350mlの飲料がある意味がよくわかりません。これを購入する人の気が知れないって言っているのではないんです。それほど値段が変わらないのであれば500mlのペットボトルを飲めばよくないか?と。だからファミリーマートの1lのお茶を私はよく買います。値段は140円。100円で600mlのペットボトルを売っているのだからよりお得じゃないですか?でも1lのお茶は持ち運びには大変不便です。350mlのペットボトルがきちんと存在しているのはその辺が理由なのかなぁ…。

 

もしかしたら「ごめんねマックフライポテトLはもう食べられないの私。だから同じ値段でありがたいけれど、Mサイズを食べることにするわ」って言う日が来るかもしれない。それが生きることであり、年を重ねるってことであり、老いるってことなんだろうなと。そしてそれをこうして書けるのは今だけなのだろうね、と。その時が来たら私はほどほどに苦しむかもしれないから。そこで、今こうして文章にしてみました。