ベランダの実験室

思考の記録です。

日記(20181125)

徹底的に私は他人でないし、同時に他人は徹底的に私ではない。その事実に苛立つ夜がある。細胞で完璧に区切られている私とあなたと世界。通じない。わからない。共感できない。理解してもらえない。そんな苛立ち、いつまで続ければいいのだろう。

「理解を諦めなさい」そう思う。理解とは幻想なんだ。でも、理解されたいじゃん。あなたの言っていることよくわかる、って言ってもらいたいじゃん。

なんで?なんで言ってもらいたいの?他人の証人なんて本当に必要なの?わからない。よくわからない。苦しい。

うんざり。こんなことずっと続けられるものじゃない。死ぬか生きるか思考停止するか感情を殺すか。そういうレベルの問題。無理。誤魔化せない。

 

今日ね、すっごいかっこいいアイドルと握手してきたんですよ。めっちゃかっこよくて同じ人間なのかと思った。で、面白いんだけれど、普通はお近づきになりたいとか思うのかな、よくわからないけど。そのアイドルを自分のものにしたいとか思うのかな。違うのかな。でも私は「どうして私は彼らじゃないんだろう」って思ったわけ。こんなかっこいい人たちになりたかったよ。その顔で生きてみたかったよ。私もそんな風になりたいよ、って思ったわけ。で、こうして落ち込んでいる。

自分の人生を引き受けることができていないんだ。私は私であることをきちんと認めていてそれなりに楽しく生きているはずなのに、でも私は私のことが嫌なんだ。

ずっとそんな風に生きていくわけ?は。地獄でしょ。誰のせいでもなく、ただ私が弱いだけ。

 

世界の美しさを真正面から享受するためには、私が私でなければならない、と思う夜です。生活したくないなぁ。みんな本当にどうやって生きているの?私は石臼でごりごり身を挽かれている感じ。