ベランダの実験室

思考の記録です。

大好きなPascoのCMは、信仰対象(20181121)

ということで。

私はPascoのCMが好きなのです。(両手の手を握って目をきらきらながら)

www.pasconet.co.jp

映画『かもめ食堂』とか『プール』とか『めがね』とか好きな人は、好きでしょ?はい、好きです。パンはそれほど食べません。ごめんなさい。

PascoのCMの世界観は、もう私の中では「正しい」になってしまっています。それが「おいしくご飯を食べましょう」「ディテールを慈しみ、丁寧に生きましょう」みたいな教えで本当に良かったけれど、こういう「正しい」には良い事でも悪い事でも注意しなければいけないとも思っています。だからPascoのCMを見るたびに嬉しくもなり「ややや負けないぞ」という気分になります。抗いたくなるのです。

PascoのCMのように生きたい。もう会社生きたくない(とまでは思わないけれど。こういう暮らしもなかなかに大変だ。結局会社生活が一番楽な気がする)。テレビ要らない。バラエティ番組よ滅びろ。料理はきちんと作ること。お酒もほどほどに嗜んで。エプロンは自分で選んだものをつけること。毎日部屋の掃除をするし、無駄なものは買わない。自分で自分を満たして、夜は22時までには寝ること。朝は日の出と共に起きて、適度な運動もして。

 

・・・。

 

宗教じゃないですか。

いいえ、憧れです。

でも、憧れは憧れのまま。私はいつまで経っても朝起きれないしどたばた身支度をするしテレビにどっぷり漬かっているしエプロン持ってないし掃除しないし夜更かしするし。憧れであればあるほど、私の現実は変わらないのでは?と思ってしまうほどに。Pascoの生き方は私からは程遠いものです。

思うに。モデルルームと同じなのです。モデルルームは静的でいつまでもモデルルームのまま。人はそこで生きない置物。だから美しく秩序が維持されている。でも生きることって矛盾だらけだし動的で、とてもじゃないけれどある一定の状態で標本のように固定することなんてできないんです。CMの世界はCMの世界。そしてCMもモデルルームも標本も、ある一瞬、ある一場面を切り取ったものでしかない。時を止めることは実生活ではできないのだから、ああいった完璧な状態を作ることはものすごく労力が必要そうです。私にそれがありますか?いいえ。ないです。

 

ということで、私はファンタジーについて考えています。私は現実が嫌いすぎてフィクションが大好きな人間ですが、あまりに幻想に耽溺しすぎではないですか?生き延びるため少々多めに見てはいましたが、やりすぎは良くない。PascoのCM、どうしよう。私は小林聡美さんにも深津絵里さんにもなれない。私は私であるしかない。結局その問題にぶち当たるのです。

いつか、何の湿り気もなく、軽く言えるようになろう。「私、PascoのCM好き」って。