潜水日記

思考の記録です。ブログの名前を変えました。

空気になりたい(20181107)

中学生の時に、はっきりと思ったことがあった。

「きちんと自分の頭で考えられる人になりたい」

自分の意見を持てる人間になろう、となぜか思った。多分級友たちが他者にひたすら気を遣って自分の考えを持っていないと思ったみたいだ。

以来、私は「自分はこう思う」ということを主張できるように準備してきた。何かを聞かれればきちんと自分の言葉で答えようと思った。

そのうちに、孤独になった。というか、元々孤独だったか。

 

通勤のために歩きながら、私は考えごとをしていた。

私は私の理論で構築された防具を身にまとっている。「私はこう思う」という武装だ。おかげで毎日が飽きないし感想文を書くのは得意である。でも。おかげで体が重たいような気もしている。軽くない。がちがちに固められた私の武装は、他人から見たらどう見えるのだろうか。着ぶくれした雪だるまみたいな人間に見えるのではないか。滑稽に映るのではないか。

自分でも自分が煩いと思う。こだわりが強いし好みも激しい。何かを主張することは、何かを排除することかもしれない。前から思っていたことだけれど、ここ最近は特に感じていることだ。では、私は言葉を捨てたほうがいいのか。考えない方がいいのか。主張しないほうがいいのか。考えている。

私は空気になりたい。静かに、確かに生きたい。こだわりって必要?何のために?自分が何をしたいのかわからなくなった。

眠いからもう寝よう。私は一体何なのだろう。