ベランダの実験室

思考の記録です。

わからない日記(20181028)

毎日ブログを更新している。

が、今日は忘れかけていた。それは今日が「お休み」の日だからだ。

私は休日の過ごし方が苦手だ。なんなら毎日休みじゃないほうがストレスは少ないかもしれない。休日は何故かすべての感覚がOFFになる傾向があって、実は何も考えられない。考えることすらできない。体を動かしたりするとまだマシなのだけれど、今日は連日の寝不足で流石に体調が悪いし、走ったら死にそうだなと思って運動もしなかった。

 

毎日更新している。1か月前私は何を書いていたのだろう。

 

dorian91.hatenadiary.jp

んー。

ちょっとわからない。

過去の私は今の私とはまったくの他人なのだな、って思ってしまう。

確かに私はこの文章を書いたのだけれど、この時の気持ちはもうよくわからない。再現することができないことを残すのも、文章の仕事なのか。

 

生きたくないようで生きたいし、生きるなら存分に生きて死にたいから1日も無駄にしたくないという気持ちがあるのに1日がなんとなく過ぎてしまう。抗うために私はペンを手に取る。些細なことでもメモを取る。でも、それで生きている実感って得られているのかな。得られていないような気がする。いまだに屍のように生きている気がする。いつになったら人間でいられるのか。既に人間なのか。それなら他に何をしなければならないのか。わからない。わからないまま、私はまた1つ歳をとる。焦る。

 

私がどんなに悩んでも、モヤモヤしても、世界は何も変わらない。誰も知らない。私がただそうやって生きていたいだけ。この、虚脱感というか胸が晴れない気持ちはどうすればいいのだろう。結構好き勝手に生きてきたつもりだけれど、どうして。

 

と、考えてみたところで、さっきも書いたように何も変わらない。世界は変わらない。私も変わらない。自分に閉じこもってクサクサするよりは、世界の綺麗なものを私の中にため込んだ方がよほど充実するのではないか?という思いで今日をどうにか生きている。でもそれは応急処置。いつまでもそうするわけにもいかないのではないか。

 

わからない。