ベランダの実験室

思考の記録です。

ニシンのパイと正直(20181024)

あたしこのパイ嫌いなのよね。

映画『魔女の宅急便』に出てくる女の子のある言葉だ。主人公である魔女のキキが変わるきっかけを作った言葉である。少なくとも私はそう思っている。

 

私には今、気に入らない人がいる。その人から離れることができないため、私は非常にストレスを感じている。まあ、本当にただ「気に入らない」ってだけの、大した感情ではないのだが。

今日もその人と接する中で、冒頭の言葉をふと思い出した。あたしこのパイ嫌いなのよね。違った。

「あたしあなたのこと嫌いなのよね」。

あの女の子のあのテンションで、正々堂々と本人にこの言葉を投げつけることができたら。一瞬だけ気分が晴れると思うけれどそれはできない話なのだ。悲しいことに。

 

しかし私は考え直す。あのニシンのパイが嫌いなガールの言葉には、私が今あの人に抱いている嫌悪のような強い感情はあったのだろうかと。私は「無い」と思う。

あの女の子はただ率直に感想を言っただけなのだ。そう。私が祖父に「お前は納豆が好きなんだろ?食べなさい」と言われ続けながら感じたあの感情と同じか似ているものなのではないだろうか。私は昔は納豆が好きな子どもだったみたいだけれど、今はそれほど好きではないのだ。

ニシンのパイの女の子は、正直であった。自分の気持ちに対して。私は自分の気持ちを見ないようにしている。忘れようとしている。誤魔化そうとしている。それが社会性というものなのか、否か。

 

また、私は率直にものを言い過ぎるきらいがある。自分自身がその言葉を投げられた時、きちんと受け止められるだろうかという辛辣な言葉を他者に投げているのかもしれない。そんなことを、ニシンのパイの彼女の言葉を思い出しながら考えていた。疲れた。