ベランダの実験室

思考の記録です。

おくれた瞬間の顔(20181017)

寝坊した。連日の遅い時間に寝ているのだから仕方ない話である。20分寝坊して、いつも通りに家を出た。

 

駅のホームに滑り込んできた電車に乗り込む。車両の端に身を寄せて、パラパラと読みかけの本のページをめくる。ふと目を前に向けると、椅子に座った女性が眠り込んでいた。これは珍しい光景ではない。日本がある意味で安全な国だと言われる光景の1つかも。大概の人は無防備にさらされた鞄を盗もうとは思わないのだから。

そんなありふれた光景を面白くさせたのは、女性の手に握られていた電車の定期券だった。これまた防犯の観点から住んでいる場所に近い駅と日中出かけている先がある程度わかってしまう定期券は、おいそれと外に晒すべきではないなと思った上で、私は女性を観察する。どうやらぐっすりと眠り込んでいる女性が降りるべき駅は、たった今過ぎてしまったようなのである。正確には乗り換えのために降りて改札をくぐらないといけない駅。電車はガタンゴトンと徐々にスピードを上げる中、彼女はまだ眠っている。ぐっすりと。

途端に私はこの人に興味を抱き始める。もしかしたら彼女の今日の行き先は別の場所かもしれない。たった今降り過ごしてしまった駅で乗り換える必要は無いのかもしれない。ただ、私がこの電車を下車するまでに、この人が起きてくれないかな?と、ドキドキしてきた。彼女が起きて、くるくると顔を回して自分のいる場所を確認し理解し、その後に浮かべる顔を私は見てみたい。随分悪趣味なことであることは認めよう。しかし、気になる。どうしても。

結果から言うと、私はその人が起きる瞬間を見ることはできなかった。私の負けであり、名残惜しくも私が先に電車を降りることになった。彼女はどこまで行くのだろう。どこまで眠り続けるのだろう。そう思いながら、人が弾丸のように行き交う駅構内へ足を向ける。

 

思えば、人の顔をしげしげと見る機会はそれほど多くない。私は人の表情を気にするようで実はそれほど見ていないのかもしれないなと思った。あるいは、人間ってそれほど表情豊かではない?

だから、その女の人がどんな顔を浮かべる顔を気になった。

今日寝坊した私はどんな顔をしていたのだろう。それを見た人は誰もいなかったので、聞くことはできないが。

 

今日はそういう話。