ベランダの実験室

思考の記録です。

パパと犬とソフトクリーム(20181010)

マクドナルドの自動ドアから出てきたのは、ソフトクリームを両手に持った全く面識のない《パパ》であった。

 

鞄は家族に預けたのだろうか?ソフトクリーム以外は何も持たず、歩道を横切って向かうは家族の元。ママと、大きな犬と、小さなお子さんがいた。

 

人間は3人でソフトクリームは2つ。パパの手が2本だった為なのか、あるいは他に理由があるのか。とにかく2つのソフトクリームのうち1つをお子さんに渡そうとしてすぐに手を引っ込める。そうだな、賢明だなと思う。きっと子どもの手に渡った3秒後に犬がクリームにかぶりついてしまうだろう。パパはママにソフトクリームを手渡す。そのあとどうなったかは知らない。私は自分の行く先に向かって歩き始めてしまったから(昨日もそんなことをしていたな)。

 

なぜこの光景が印象に残ったのか。ソフトクリーム美味しそうだなーと思ったことが1つ。あとはきっとその光景が私の中には無かったからだろう。

マクドナルドのソフトクリームは知っている。でも食べたことがない。そして、何も自分の分だけ買うことはないのだということ。その光景が私には、無かったのだ。

誰かの為にソフトクリームを買う。

一緒にこの甘い食べ物を共有できることを喜びながら。はい、とソフトクリームを相手に手渡す。その発想は、無かった。

 

こうして知らない風景を溜め込む。いつ取り出すかわからないけれど、私はできるだけ風景を自分の中に溜めておきたい。いつかのために。いつか、そんな日は来るのだろうか。