カラスの羽が落ちているのだと思った。
20cmぐらいの黒いものが歩道の真ん中にある。黒々としたカラスが落とした羽だろう。そうしてその物体に視線を固定したまま、私は徐々に羽のようなものは近づいていく。
そして気がつく。あれは、野ネズミだ。そして死んでいるネズミだ。
私は歩くスピードを緩めない。依然としてネズミから目を離せないまま、私とネズミの距離はやがて遠のいていく。
ごくわずかな時間訪れた邂逅の間に、そのネズミは頭から血を出していること。それでも血の量は多くなく、体の外に飛び出した臓器は見受けられなかったこと。なんとなく体が平べったくなって横にくたっと寝ていたこと、といった情報を拾った。
そして今日はこのネズミのことを書こうと思った。
わかっていることは書かない。わかりたいと思うことは書く。一人では世界と向き合うのに心細い時に私は書くし、私にとってどうでも良いことは書かない。怖い時も書くし、悲しい時も書くし、嬉しい時も書く。
このネズミはどんな時の文章になるのだろう。
あんなに小さな頭蓋が砕ける瞬間のことを想像する。一体どんな状況で?自転車に轢かれたのだろうか。骨がバリバリと砕ける音。肉が潰れる感触。声にならない叫び。君を殺した奴は一体どこに行ったの?それは誰だったの?そしてネズミは、死んでしまったね。
ネズミだけれど、確かなネズミ。私はある1つの死に出会ったんだな、とこの文章を書きながら気がつく。私は今日、まぎれもない死を感じた。
ネズミが死んでいたよ。