ベランダの実験室

思考の記録です。

彼岸(20180926)

お墓参りに行った。

普段は行かない。彼岸でもお盆でも行かない。行ける距離だけれど、行こうと思わない。それを「信心深くない」「先祖のことを蔑ろにしている」と言われればそうなのかもしれない。自分は、自分以外の人間に対して非常に淡白なのだろうなとは思う。それが寂しいことも。どうしていいかわからないことも、私は知っている。

珍しく彼岸にお墓参りに行く。

確かに墓に納骨はされているけれど、死者というものはこんな墓石に囚われているのだろうか。よくわからない。死者は生きている者が思い出すときにこの世界に現れるのだろうと思っているのだけどな私。だから墓石なんて立てなくても、家で公園でカフェで死者を弔うことはできるって思ってて。だからお墓参りはよくわからない。

 

最近は「気分よく生きるキャンペーン」をしているので、死にたいとも消えたいとも思わないけれど、やっぱり死にたいとは思わないな。死ぬのは怖いな。どんな気分なのだろう。

 

「ぼくが死んだあとの世界のこと。ぼくが死んで、そのあともみんなは生きていて、でも生きているみんなについてぼくはもう考えることもできないってこと。それはどういうことなんだろうって考えていた。ずっと考えてきて、ぼくは気づいたんだ。もしかすると、ぼくらはだれも死なないんじゃないかなって」

  森見登美彦ペンギン・ハイウェイ』(角川文庫)p287-288

 

死とは謎であるなぁ。

彼岸に考えていたこと。