ベランダの実験室

思考の記録です。

黒と茶のエナメルの靴に、傘を

電車の席に座る私。

目の前に2人連れの男女がやってくる。スマートフォンを操作している私の目線では、男女の体半分しか見えない。カップルなのだろう。体の距離が近い。2人の体の距離は徐々に近くなり、体はついに密に接する。それぞれは腰と背中に手を回し、まあ、多分おしゃべりをしてるのだろう。

自分の肌が粟立つ。

この感覚は、多分「不快」ということなのだろう。そう考えた1秒後に、私は混乱することになる。

いやいや、そうやって不快だと感じるのはあれだろう?嫉妬でしょう?自分に縁が無いからって人のことを羨ましがって。馬鹿じゃないの?私。

だけどね、すごく不快なんだよ。猛烈に苛立ってしまうの。それは嫉妬じゃなくて嫌悪なんだよ。憎くて仕方ないの。私はそうやって肌を触れ合うことを許せる人を持たない。でもそのことによる嫉妬の感情じゃないの。ただただ醜いものとしてこの男女が目に写ってしまってすごく不快なの。全然顔を上げられないし、だから、私は目の前の黒と茶色のエナメルの質の靴を見てるわけ馬鹿みたいに。絶対顔なんて上げたくないの。

 

不快な源泉は、きっとこの男女の閉鎖的で傲慢な世界だ。私は世界に対して申し訳なさそうな素振りをしない人が憎いのだ。厚顔無恥な人が嫌いなの。どうしてそんなに無邪気に生きていられるのかしんじられないの。何も考えずに生きてそうでイライラするの。

そしてそう思ってしまう自分が嫌いだ。結局私も閉鎖的で傲慢な世界の住人だ。

 

私の目の前には黒と茶色のエナメルの質の靴がある。黒は男性。茶色のパンプスは女性。その足に、思いっきり傘を突き立てることができたら。私のこの不快な感情は消えゆくのだろうか。

 

あいにく私は傘を持たず、こうして文章を書くことにした。