ベランダの実験室

思考の記録です。

スコーンを食べる

「お前ら、今日は人いないんだし早く帰れよ」

部長はそう言い置いて鞄を持ってどこかに行ってしまった。外回りでもあるのだろうか、それとも午後は半休?私の職場はもはや役職がわからないことになっていて、その人が部長なのかも定かではない。違う気がしてきた。どうでもいい。とにかく頭が上がらない上司である。その人直々の言葉をありがたく頂戴し、私はさっさと帰路につく。

予想外の時間ができたので、カフェに寄ることにした。なんでもいい。暇つぶしには事欠かない。

 

気がついたらスコーンを食べていた。

茶店としての価格帯はハイランクだろう。半地下にひっそりと存在する喫茶店へ寄る。実際私としては「ありえないだろう」と思う値段の紅茶を優雅にいただく。外はまだまだ夏だが、夜風が涼しい。知らない間に秋が近づいている。きっと夏の後ろに隠れながら秋はそこまで来ている。目には見えないだけで。

紅茶(ミルク)を注文した。スコーンも。スコーンが食べたいので紅茶を頼むことにしたのだ。これは私のやりたいことリスト100の1つに入っていたはず。嘘ではなく、なんだったか多分『ふたりの距離の概算』(米澤穂信著)に収録されている短編に登場してからリストに載っているはず。スコーンが食べたい。図らずも今日叶えることができた。

 

格式高いことが苦手だ。皆要領よく生きているように見える魔界のようなこの街。歩くだけで気後れに溶けそう。自分と180°違うように見えるからこそ、この街が気になってしまう。が長時間は歩きたくない。

2対1でビジネスの話をしているたちが席から見える。誰かを説得できるスキルも熱意も自分にはないことについて考える。無理だ。そして私は目の前の紅茶に1くち口をつける。二口目からミルクと砂糖を入れる。テーブルに据え置きの砂糖は様々な種類があったけれど、悲しいかな「パルスイート」を手に取る。強気な価格設定ときらびやかな街の喧騒にあてられていたけれど、パルスイートのおかげでこの場に留まることができる。

 

スコーンはマーマレードでいただく。ミルクティーにマーマレード。失敗だったか?そう私に思わせる「教養」という存在は憎い。所作に関する知識は言語みたいなものでそれを知らないものを排除する力を自然と持ってしまう。恨みはしないが。しきたりのようなものがあることで、保たれる秩序は美しさを帯びることもあるからな。

ぎっしりとなかが詰まったあつあつのスコーン。マーマレードは溶けず生クリームはほろりと溶ける。それだけで私の機嫌はだいぶ良くなる。口にぐふぐふと頬張りながら(きっとぐふぐふ頬張る食べ物ではないのだろう。教養はどこへ。)紅茶でそれを体に流し込む。美味しい。スコーンとはそれ自体に味がついているのではなく、ジャムを楽しむ食べ物なのだということを知った。

 

スコーンに感動したように、この先もやっていこう。そう思った。

考えたいことはあったけれど、いざノートに向き合うと考えごとは霧散していった。それでいい。スコーンを食べたから。

 

スマートフォンを取り出す。デジタルな文字の羅列を目で追う。好きだけれど、このデバイスの中には情緒があんまり無いと思ってしまった。好きだけど。

 

良い一日だった。明日も、