ベランダの実験室

思考の記録です。

憂鬱記録 vol.1

疲れている。

 

そういうときもある。きっと、そのうち良くなるさ。今までもそうだったでしょう?それが私なんだ。自分に言い聞かせてやり過ごす。けれど今疲れていてしんどいのも事実。だからそれをこうして書いている。

 

リズと青い鳥』のサウンドトラックより「物語の始まり」をひたすら聴く。この物語のメインテーマともいうべき、劇中でも始まりを飾るこの曲。音の厚みが違う。『リズと青い鳥』はただひたすらに綺麗な映画で、DVDの発売を今から楽しみにしている。あまりDVDなどは買わないのだけれど今回は買ってしまおうか。悩んでいる。劇場でも2回見たけれど、願わくばもう1回劇場で見たかった。同じ映画を何度も見るなんて普段の私ならありえないけれど『聲の形』と『リズと青い鳥』については何度も見てしまった。

 

息が苦しい。あまり深く息を吸えない。風邪か。喉が痛いというか塩素を多く吸い込んだ時の感じに似ている。それ以外は大丈夫。元気。

 

感情は波。高い時もあれば低い時もある。私はその波が激しい。すぐ喜び、すぐ悲しむ。そういう自分の感性を割と買っているところがあるのだけれど(なぜならその目で見える世界は綺麗でもあり残酷でもあって、美しく飽きずに面白いからだ)生きるとなるとしんどいこともある。楽しい状態から落ち込む瞬間。落ち込む瞬間から一転世界が鮮やかに見えて輝く瞬間。エネルギーを要する。疲れるのだ。私は凪いだ湖の水面のような人間になりたい。

 

自分を忘れたい。自分が嫌いだからというわけでもなく、自分を忘れたい。

だけど、誰か1人でいい、私のことを知ってほしいとも思う。知らなくていい。知ってほしい。知ることなんてできない。理解することなんて、できない。矛盾した感情。私の内から言葉を取り出してくれる人が欲しい。そんな人、いない。

 

気持ちが悪い。こんなこといつまで続ければいいの?と絶望する以前に、私は今この瞬間も乗り越えられる気がしない。でも、大丈夫なことを私は知っている。生きていられる。

 

できることなら今のような気持ちになることは避けたいな。自分を忘れよう。

実際自分のことについて言葉にして考える時期は過ぎた。学生時代の終わりと共に私自身について考える時間も終わった。というか、考えることに尽きた。今は敗戦処理みたいなものだ。残っている残党の片づけ、みたいな。もしくは次の戦までのつかの間の安寧なのか。

見るべきこと、考えることはこの世界に尽きない。それならば自分についてのつまらぬ考えごとはやめて外を見ればいいじゃないか。そう思う。でも、難しい。

 

頭が良くなりたいな。識者になりたい。この水樽のようなたぷたぷした頭に整然と知識を詰め込みたい。

 

ということで酷い気分だ。抗いたい。この酷い気分に。

さて、ご飯を食べて湯船につかってさっさと寝ることにしよう。