ベランダの実験室

思考の記録です。

怒った

怒りに打ち震えながらこの文章を書いている。私は、怒っている。私憤である。

大体において、私は「…。なんか、やりづらい」という状態で生きている。とにかくやりづらい。それは私に協調性が無いからであり、協調性が無いのに孤独になりきれず協調しようとしている結果のような気がするがその精査は後回しである。とにかくやりづらい。息苦しいので高頻度で消耗する。消耗するから充電が必要で、その繰り返しの日々。

さて、万年「やりづらい」状態故に、実は「苦手な存在」「嫌悪感を抱く存在」というのがあまり無い。苦手といえば会う人会う人全てが「苦手」であり、近しくなればなるほど「嫌悪」を抱く部分も出てくる。息苦しいが心は凪いでいる。そういう日々だった、はず。

だけど。私はあの人のあの一面がすごく嫌いだ。ムカムカしてしまう。

私は今猛烈に怒っている。

何故怒ってるのかというとその人は完全に私のことを理解しようとしなかったからだ。理解されないのは構わない。私も理解しようと思ってないし、大概のコミュニケーションに理解は存在しないと思ってるから。ん?違うかも。それは考察が必要。でもとにかく、理解されないのは良い。ただその人は自分は他人を理解していないという自覚も見受けられなかったし、とにかくよく喋った。喋りまくって私の時間に侵略してきた。引かなかった。ずっとずっと喋った。私が何を考えどこが腑に落ちてないのか察しようともしなかった。

だから、私は怒ってる。

 

その人は鉄壁だった。完璧なのではなくて、私に言葉を放つ機会を封じることで傷がつかぬ鉄壁状態だった。もしくは私が放った言葉を何も聞かないまま折って捨てた。そんな、そんな不公平なことがあるのか。

怒りのあまり、大人気ないことに私の方もどんどん意識が逸れていく。苦痛。さぞかし生意気な年下だと思われただろう。「あんた話聞いてる?」って言われた方がよほどマシだった。私の顔がどんどん曇るのに、あの人の言葉は止まらなかった。なんで、わからないの。

 

悔しくて悔しくて、目が熱くなる。その人に言いたい放題されたことも悔しいが、何よりこの状況を防げなかった自分に悔しい。あの人にこんなことを言われる自分が悔しい。大人気ない態度を取ってしまう幼い自分に悔しい。

私にも落ち度はある。あの人にも落ち度がある。そう言っては生意気なのだろうか。

全然言葉が届かなかった。何も伝えられなかった。伝わらないのも悲しいが、伝えられなかったことも悲しい。

 

人の話を聞くことは大事なんだ。そう思った。きっと私は私が嫌だなぁと思ったあの人と同じ一面を持っているんだ。人の話を聞かないんだ。それが、すごくつらい。今まで誰かに同じ思いをさせていたらどうしよう。