ベランダの実験室

思考の記録です。

ハム入りポテトサラダ

私はほうれんそうとベーコンのソテーに信頼を置いている。

そう言ったら、意味が分からないだろうか。大丈夫だ。私も意味が分からない。が、私は確かにほうれんそうとベーコンのソテーを信じている。ほうれんそうとベーコンがバターで炒められ、ほうれんそう独特のえぐみ(なのかな?)とベーコンの塩気とバターのまろやかさが生み出すある種のハーモニーを信じている。

大概の洋風ファミレスには「ほうれんそうとベーコンのソテー」というメニューがあると思う。つまり、ほうれんそうとベーコンの組み合わせは王道であり、テンプレートであり、型なのだ。

私のマイルールとして「自分が考えていることは珍しいことじゃない。絶対誰かが考えたことがあることだ」というのがある。感覚としては「私が抱いた疑問はYahoo!の知恵袋に絶対載っている」に近い。そのルールに則ると、ほうれんそうとベーコンのソテーに信頼を寄せている人は、この世の中に絶対存在する。さらにはきっと「ほうれんそうのお相手はベーコンでなければならなかったのか」「ベーコンはほうれんそうと組まざるを得ないのか」ということまで考え、検証してくれた人もいると思う。その上で、こんにちまでほうれんそうとベーコンはパートナーであり続けているのだ、と。

私は幾たびの検証の目を潜り抜け、ここまで生き残ってきたものに敬意を表する。ほうれんそうとベーコンに次いで、私は今日、新たに敬意を表すべき存在を発見したのだ。そう。タイトルにもある通り「ハム入りポテトサラダ」である。

 

ちなみに、私は、ポテトサラダにハムが入ることもあるのは知っているけれど、実際に家庭料理としては食べたことがない人間だ。うちのポテトサラダにはハムは入らない。

が、何があったのか、今日目の前にでんと置かれたポテトサラダにはハムが入っていた。一口。おいしい。こちらもやはりハムの塩気が良い味を出している。ポテトのまったりとした舌触りに、ハムの塩気が合うのか。こんなにおいしいのだから、今度からはポテトサラダにはハムを毎回入れたいなぁ...と思った。

 

ハム入りポテトサラダも、ほうれんそうとベーコンのソテーも、生き残ってきただけのことはある。おいしい。栄養学的に理にかなっているのはわからないけれど、もう奇跡だろこの組み合わせ、という食べ物がこの世の中にはたくさんある。例えばエビやアボカドとマグロの組み合わせ。こちらも盤石すぎる。例えば生ハムとメロン。私は食べたことがないので評価できない。例えばイカオクラとか。

決まり切ったものに、私は挑戦をしたくなる。この堅牢すぎる絆をどうにか断ち切りたくなる。隙があればばっさりと切るつもりで、私は鋏を手にこれら強敵に向かうけれど大体勝てない。私が負ける。こうして、明日も明後日もほうれんそうとベーコンのソテーは生を永らえるだろう。

 

この見事な調和を、人間はどのタイミングで発見したのだろう。ハム入りポテトサラダに唸りながら私は考える。数学的発見や新たな生物の発見と同じくらい、ハム入りポテトサラダのぴったり具合を見つけることはすごいことだと思う。知りたい。人は食べ物の中にいつ、どのように、調和を見出すのか。

 

 

なんて、よくわからないことを考えていましたとさ。おいしいね。ハムが入っていると。