ベランダの実験室

思考の記録です。

書きたいという衝動とメガネ

「働いている。

働かなくてはならない、と思っている。

ささやかでも構わないから、「これが欲しい」と思った時にすぐ手を伸ばせるだけのお金が欲しいから私は働こう、と思っている。

働くのは嫌いじゃない、と思っている。


そして、働いている時間は、イコール私が人間ではない時間だ。


こんなことを言うと、私はネガティブでさぞかしマイナス感情が溜まり日々に嫌気がさして仕事が嫌なのだろう、と思われるかもしれない。が、実際私は悪くない日々を送っている。もちろん何もない日々なわけだが、人間でないのはある意味楽なことでもある。何も考えなくていいし(実際、脳はフル回転で問題解決に当たっている。あくまで業務のことしか考えなくていいし、という意味で私はすごく楽だ)そこそこ時間が過ぎるのは早いし、たとえコピーをとる作業だとしても私は喜ぶと思う。基本的に何も考えずに何かをするのが、私は好きなのだ。」



ということを、書こうと思って、私はここまで文章を書いてみた。ここでふと、指が止まる(スマホでこの文章を書いているからね)。

私がこの場所にあげたいと思う文章って、いつもおんなじようなものだな、と。


別にそれは悪いことじゃない。私は書きたいなーと思って文章を綴りここにあげていて、それが私の本意なのだから。


でも、この「書きたい!!!」と思えることがなんだか似ている気がする。ずーっと同じことを言っているような気がする。そうだとしたら、この事態は私の本意ではない。もっと色んなことが見たいなぁと思っているから。「おんなじこと考えている」は「おんなじ風景しか見てない」ということに近い気がする。関心ごとが凝り固まっているというか。それは嫌なのだ。

文章は、もしかしたらその人を見るメガネなのかもしれない。文章というメガネを通して、私は書き手のことを考える。同時に、文章の内容は私のことを見通すメガネでもある。関心ごととかバレるものだろうなぁーと。


できれば、色々な文章を書きたい。