ベランダの実験室

思考の記録です。

2018/03/11

2018/03/11.

この数字は、日本人の多くにとっては意味がある数字であるけれど、この数字をタイトルにしたのはその「意味」とは全く関係ない。

今日、今、この気持ちを言葉にするのに適切なタイトルが見当たらず「日記」とするのも味気ないというか。だって2018年の3月の11日に考えていたことだから、この数字をタイトルにすればいいかと思って、パソコンで打ち込んで、一瞬手が止まった。

3.11は意味を持つ。でも、2018/03/11と書いてその意味とは違うことを書くのも、それは私の3.11だ。

 

考えていたことは大したことではなく、

真面目であるならばとことん真面目になって、色々と考えて答えを自分の中で作って行動して生きていけよ。何も考えずに生きるなら、その通り日々を安穏と楽しく生きろよ。

ということ。

 

どちらにせよ、中途半端だ。中途半端が嫌なのはつまり「平凡」でありたくない、ということなのかもしれない。多分そうだ。

 

そんなことを考えていた。