ベランダの実験室

思考の記録です。

世界の中心から、周縁へ/他

世界の中心から周縁へ

学生時代と異なり、時間の流れが早い。

あの頃に感じていたある種の全能感が無くなり、この先の時間で自分ができることは限られているという感覚が、なんだか辛い。その時にならないとわからないものがあるもんだなーと思いながら、寂しい気持ちでこれを書いている。

世界の中心は自分だと信じられていた頃が、恥ずかしくもあった。未来は輝かしく、何でもチャレンジできるという感覚を無条件に信じることができた青春があった。根拠のない自信。

宝石の国』でもフォスフォフィライトが言っていた。「根拠のない自信を持てていたあの頃が懐かしい」と。その通りだ。そうして実感はいつもあとで付いてくる。どうしてその時に感じることができないのだろう。その時大切にできなかったのだろう。私は後から付いてくる後悔を、せめて言葉にするようにしている。

 

そんなことを考えながら、私は好きなアイドル(私はK-POPが好きなのです)の動画を見ている。最近は私と同世代で活躍されているアイドルもどんどん有名になっているし、今も夢に向かってチャレンジしている人もいる。夢は、いつになっても抱いていいもんだよなー。ステージでマイクをぎゅっと握りしめ、懸命に思いを言葉に乗せている人の姿を観て、少しだけ元気が出る。

 

理想郷

何故アイドルが好きかって?

アイドルに限った話ではないけれど、彼ら彼女たちって自分が商品でしょう?生産者が自分たちの商品の価値を上げるために最大限の企業努力をするように、アイドルもその周りの人たちも自分たちの商品価値を上げようと必死で頑張るでしょう?その姿がすごいなぁ...と思うし、そうして高められた価値はかっこ良くて可愛いと思ってしまうからだ。そういう意味では、自身の限界に挑戦するスポーツ選手と何ら変わらない。容姿も歌唱力もダンスのスキルを高めることも、スポーツの練習と同じではないか?と思うのだ。

日常は綺麗じゃない。矛盾も存在するし簡単には言い尽くせない。混沌としていて整理がつかない。正解もなく自分で切り開いて進むしかない。

一方私が好きなフィクションの世界は、いつも整然としていて説明ができるし綺麗だ。ずーっとずーっとその世界に居座りたい。何も考えず生きていきたい。綺麗なものだけ見ていたい。もっとあっさり生きていきたい。現実が好きではないから、私は物語の世界にハマりますます現実が嫌いになる。困ったものだ。

アイドルが自分の価値をあげることをしているように、私も私自身の価値をあげればいいんじゃない?自分で理想郷を作ってみろよ、生きやすいように行動してみろよ、と思った。ふと。