ベランダの実験室

思考の記録です。

月が綺麗な晩があった。

帰り道、私はまんまるとした月を見つけた。

あまりのまんまるっぷりと神々しさに見惚れたのか、足は道に沿って自動的に動いていく一方で顔は足の向きとは全く違う方向にある一点のみに向けられていた。歩き「スマホ」ならぬ歩き「月」だった。

月を見ながら私の頭に浮かんだのは、「月の影」という言葉。高校時代に習ったね。現代では「影」というと「光が当たらない暗い場所」を意味するけれど、古語で「影」というと「光」とか光によって照らされた「姿」とか光が生み出した「影」という意味であったらしい。不思議だった。また、古文ではよく月が登場したね。昔を生きた人々は月を見ながら色々と思い馳せていたらしい。私も月を見ながら一瞬だとしても昔に生きる人のことを考えた。

ああ、もっと月を見ることができる場所で月を見る生き方をしたいと唐突に思った。その日、まんまるお月様を見るまで、私はその日が晴れていたのか曇りなのか寒かったのかそうでもなかったのか、特に何も感じていなかったのだ。季節を感じない生き方をしている。いつの間にか寒くなり、このままだといつの間にか暖かくなっているだろう。

 

月を眺めることができる場所。月をじっくりと眺める時間。どちらも、できていない。