ベランダの実験室

思考の記録です。

人身事故

先日、自分が使っている路線が人身事故で一時運転を見合わせた。


電車がたくさん走り、たくさんの人が毎日利用する場所に出向けば、人身事故による影響が及ぶ確率は自然と高くなる。人身事故なんて今日び珍しいことではない。「珍しくない」。そう思ってしまうこと自体、色々なものが病んでるなぁ…と思っている。


人身事故が発生した現場には立ち会ったことがなかった。人が線路に落ちる一瞬を見た事がない。


今回も直接目撃したわけではなかったけれど、ホームの真ん中らへんで消防隊や救急隊の方がブルーシートを持って囲いを作っている光景を目にした時、不覚にも目頭が熱くなってしまった。なぜ?私は他人であり、悲しむなんて自分の勝手な感傷だろうと思いつつ、それでも思ってしまう。悲しい。人が1人(1人なのだろうか)死ぬことは大きなことであり、決して軽んじてはいけないことだろうと。


電車のアナウンスで、電光掲示板で、スマホのアプリで、目にする4文字「人身事故」。必ずしも死亡事故を意味するとは限らないが、多分高確率でその文字の背景では人がひとり亡くなっている。ブルーシートを見るまでふわふわと文字が漂っているだけだった。が、これを書いている今は何か質量というか重さを帯びている。


その人がもし自分から線路に飛び込んだのなら、何故そうなってしまったのか思いを馳せなければならない。そこは軽く取り扱ってはならない。もし不安な事故によるものならば、対策を講じなければならない。


どちらにせよ、人が亡くなる、傷つくことは軽いことじゃないな、と「お前そんなこともわからないのかよ」ということを考えていた。


名も知らぬ方が生きていればいいけれど。亡くなったのであれば、悲しい。ご冥福をお祈りいたします。