ベランダの実験室

思考の記録です。

20171203 真面目

自分をこじらせて今まで生きてきた。

特に何かをものすごく考えてきたわけではなく、ただ単純に私はとても閉鎖的な人間なのだと思う。内向的、とはまた違う。閉鎖的なのだ。自分の殻に閉じこもってしまう。他者との関わり方は私の長年の懸案事項である。上手く人と関われないなーと思ってきて、色々と書籍やネットの情報を見てみた。その中に自己肯定感の低さというものがあった。自分で自分を肯定できない。他者から承認を得ることでしか自分の存在を認めることができない。そんな感じだった気がする。じゃあ私は自己肯定感が低いのか、と考えてみた。案外私の自己肯定感はそれほど低くない気がする。確かに、人に怒られたり注意されたりするのが嫌いで、人の目を気にして生きている。他者が評価してくれるように行動しているところはある。でも、他人から気に入られよう、というよりは最低限そのコミュニティからは外れないような振る舞いをしようと思ったが故の行動なのだ。私はその相手と友だちになりたいわけではなかった。ただ生きやすいように生きていきたいだけなのかもしれない。どのように生きたらいいのだろう、と考える。違う。どう生きたいか、の間違いではないのか、本当に考えるべきことは。人生は長い。一瞬では終わらない。いつまでこれが続くのかはわからないけれど、確実に終わる日がやってくる。その日まで生きるしかないらしい。楽しく生きたいはずなのに、楽しく生きることができていない。それは嫌である。どうすればいいのだろう。どうしたいのだろう。んー、考えていても仕方ないですね。動くことでなんとかやっていくしかないし、そういう過程を私は楽しめると思うし。世の中わからないことだらけで、一体どうしたらいいのかわからなくて、この世界って一体何なのだろうと考えてしまう。意識があり私は今生きている?どうしてそれがわかるのか。こういう世界を引いて引いて引いて引いて人間の存在、宇宙のあり方を考えると気が狂うのでやめておきましょう。

ということを、私は考えていたのだけれど、世の中の人って今何を考えて生きているのでしょう。