ベランダの実験室

思考の記録です。

20170903 怠惰な私の呟き

 生きていたくないな、と思う瞬間は確かにある。「死にたい」でもない「消えたい」でもない、ただただ「生きていたくない」と思う瞬間が。本当に些細な出来事でだ。

 例えば、私は服を選ぶことがだいぶ苦手で、ユニクロ無印良品かGUで全部揃えようと決意するまでだいぶしんどかった。自分に何が似合うのか、自分は何を着たいのか、それを着ることは果たして場の雰囲気を損ねることになりはしないか、考えるときただひたすら怠いと思ったし、生きる上でこんなことをしなければいけないのかと思うと、途端に「ああ生きるの面倒だ」と思ってしまう。ちなみにこの問題はだいぶ軽減することができていて、同じ服を複数枚買って着る、という手法にたどり着いてからは楽になった。

 例えば、そうだな、誰かのこと、社会的な問題を考えるのもしんどいかもしれない。自分にはどうしようもない大きな問題は、考えないといけないことはわかっているのにつらいのだ。そういう姿勢でいることで、なんだか良くないことが罷り通る時代になっているのかもしれないのに。ああ嫌だ。

 あとは、変わることも苦手だ。環境が変化することに対して自分は対応できると思うのだけど、実を言うとずっとそのままでいてほしい、みたいな。対応できる自信はあるのだ。その場になれば大丈夫だしなんだかんだ楽しめることはわかっているのに、変わってほしくない。変化は、怖い。

 

 生きることは面倒だ。多くは望まない。大富豪になることも人から好かれることも望まない。この秋鮭美味しいな。今日は風が出ていて気持ちが良い夜だな。この本面白いな。そういうことを考えて、生きていけたらいい。多分、できるはずだ。私が、うまくいってないからだと思う。きちんと生活を整えること。自分が望んでいること、自分が何に苛立っているかを把握すること。そのうえで、原因となっているものとどう折り合いをつけるのか、私の認識をどの程度変化させる必要があるのか。そういうことを考えていきたい。

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これは渋谷のスクランブル交差点。

晴れているって、嬉しい。