ベランダの実験室

思考の記録です。

amazarashi Live Tour 2017 参戦の簡単な備忘録

 2017年6月3日(土)、私は豊洲の地へと足を踏みいれました。

 そう、amazarashiのライブに参戦するために、です。

 

 この文章を書こうか書くまいか、少しだけ考えました。

 最後の音楽が鳴りやみ、会場は光に照らされ、各々ライブを通して感じたこと、その興奮は冷めることを知らず、まだまだ熱がこもっている会場を後にしながら、私は少々打ちのめされていた。今、私が抱いている感情を言葉にすることはきっとできない、この思いをきちんと言葉にできるだけの技量が今の私にはない、という事実が、私を襲う。

 それでも、私は今この文章を書いている。ああ、陳腐になってしまうとわかっていながら、しかし私は文章を書くのだ。それが私の救いなのだから。

 

 ということで、簡単な備忘録です。

 

 

 

 

 amazarashiのライブに、私は初めて行きました。

 チケットをとる画面の前で何度も何度もボタンを押すことを躊躇ったけれど、思いきってライブに行って良かった。本当にそう思いました。

 

 amazarashiの声を、エネルギーを、悲しみを、怒りを、寂しさを、喜びを、全身に浴びて帰ってきました。

 

 身長が低くてスタンディングだから絶対ステージを見ることはできないだろうなぁ、整理番号も後ろの方だし、と思って覚悟して、案の定、人、人、人に囲まれスクリーンすらまともに見ることが叶わなかったけれど、私は満足です。音は振動となって空気を伝い私のところまで届く。それを通して私は約2時間、色んなことを考えたり考えなかったりしていました。それで十分です。

 

 CDで繰り返し繰り返し聴いていた曲が、歌われている。でも、全然違う。CDをけなすわけじゃなくて、ライブというあの特別な時間と特別な場所の力なんだと思った。重みが、熱量が、まるで違う。がんがん迫ってくる。骨の髄に染みてくる。だから、amazarashiが好きな人はライブに行った方がいい。絶対違うから。あの場所で、好きな曲を存分に浴びてきてほしい。

 

 

 人間には、ここまでの物語がありエネルギーがあるのだなぁ、と思いました。それがこの文章のまとめです。私は日頃「人間」をあんまり感じていなくて、いつもそれが不安で。人間って何だろうか。どうしたらもっと人間を知ることができるのだろうか。みんな、生きているのだろうか。何を感じているのだろうか。どんな人生を生きているのだろうか。軽い軽い、吹っ飛びそう。そういうふわふわした毎日で。だけど、あの場所の重力はハンパなかった。色んなエネルギーがどんどん拡散されていって、恐ろしい空間でした。そうだよなぁ、私が気がついていないだけで、人間色々思っているんだ。絶対そうだ。命削るような、祈りの時間でした。そのエネルギーをもらって、帰ってきました。

 

 明日から、また生きていきます。

 これからも機会があればamazarashiのライブに行きたいです。できればスタンディングじゃない会場で。

 

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