ベランダの実験室

思考の記録です。

深夜のつぶやき「他人に興味がない自分について」

 私が深夜に起きているということは、大体何かイベントがあった日と考えていい。今日は金曜日だし(日付は変わったので、これを書いているのは土曜日だ)。

 

 気分が超落ち込むこともあることにはあるけれど、概ね精神状態は良好。なんとなく生きている日々だ。「なんとなく生きる」ということを受け入れられるようになったのが、なんとなく良い効果を発揮しているのではないかな、と思っている。

 

 靴が足に合わな過ぎて、帰りはずきずき痛む足を引きずりながら私は帰り道を歩く。どうにか痛みを紛らわせようと、何か考えることにした。直近で、今日あったことを振り返ってみた。

 私はだいぶ冷たい人間ではないか、とふと思った。「冷たい」というのが適切でないならば、「他人に興味がない人間」と言った方が良いかもしれない。他人がどうだろうがどうでもいいと本当に思ってしまうのだ。身近な例だと、私は雑談が苦痛で仕方がない。どうでもいい話をしたくないからだ。相手が投げかけたことが私にとってはどうでもいいことばかりで、どういう反応をすればいいかわからなくなるからだ。逆に私は何も話したいことがなくて、自分から話題を切りだせない。どうしてあんなに人は雑談をするのか、たまーに理解できないときがある。なんでみんな喋っているんだ?

 こういうのは良いところもあって、例えばあまり嫌いな人ができない。好きだ嫌いだと言えるのはそれぐらい興味が湧くという意味でもあって、そういう人はなかなかいない。評判的に悪い方が目立っている人も、まあそんなものかなと思って普通に対応できるのは、良いところかもしれない。

 自分の心地よさをまずは考えるので、自分の気分を害する人は意図的に脳内からシャットアウトします。ということで、今日のイベントで会った人は誰一人として名前をおぼえられませんでした。申し訳ない。嘘。別に申し訳ないと思ってないでしょう?大抵の人のことを、私はきっと忘れてしまうんだ。悲しいことにね。