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ベランダの実験室

思考の記録です。

悲しいとき

 今日の天気予報はくもりのち雨だった気がする。あー雨が降るんだなぁ、と認識していたのにも関わらず、私は今日傘を忘れた。結局ビニール傘を買って、帰宅。普段ビニ傘は使わないけれど、よく売られているビニ傘は無色透明である。透明だから当然、透ける。夜。電灯の灯りまで見える。案外悪くないのでは?すぐ壊れちゃうのは嫌なので、とっておきのビニール傘でも買って、これから梅雨の時期を楽しむ、ってのも風情かもしれない。

 雨と格闘しながら、Myパンプスのヒールが道路の溝にぴったりとはまって、靴が脱げる。悲しい。でもおかげできつきつのパンプスが少々伸びた気がするので結果オーライ。そういう一日でした。

 

 

 特別、でっかい出来事があったわけではないけれど、少々気分が参っている。多分ご飯をお腹いっぱい食べて、寝て、起きれば治ると思う。そう願っている。

 

 

 考えすぎ、と言われる。

 自分の事好き?と、そういえば数週間前に言われた。

 もちろん、私は私の能力を買っているよ。能力というのかな、自分のやりたいことをやって自分の見たいものを見て自分の愛でたいものを愛でている自信があるよ。だから自分の事が嫌いなわけじゃないよ。だけど、上手く生きれないことは嫌かもしれない。そして楽しくない世界を呪ってしまうときもある。割と。

 考える。いちいち色んなことに引っかかる。悲しむ。色んなことが悲しい。私の悲しいは非常に自分本位な悲しさであることは承知の上で、悲しい。自分ではどうにも出来ないことに悲しい。私でなかったらもっと上手くいくのではないかな、ということに悲しい。怒っている人を見るのが悲しい。自分の事ばっかりな人を見ても悲しい。イライラが充満している空間が嫌で、どうしてもっと上手くいかないのかな、って思うのも悲しい。色んなことが、悲しい。

 上手くいかないとき、それが自分の問題で、自分のせいで上手くいかないことについては納得がいく。自分がどうにか工夫すればいいだけのことだから。自分の気持ちを変えればいいのだから。だけど、自分ではどうにもできないこと、自分が頑張ってもどうしようもないこと、自分が頑張るよりその人がなんとかすべきことについては、もう手に負えないのだ。もちろん私ができることはした上でのことだけれど。そして、私はなんとかしようとして、あるいは、自分を守るために、ものすごく消耗するのだ。そんなの、もう、うんざりなんだ。なんで私がこんな思いをしないといけないんだ、ふざけんな馬鹿野郎、って言うのはここだけの話ね。

 勝手に怒ってろ。勝手にイライラしていろ。勝手に不幸ぶってろ。私は、私は、そんなの知らないんだから、って、身のまわりの細々としたことについて一通り考えてはムカムカしましたとさ。

 

 世の中、まるっと上手くいけば、それは幸せなのかもしれないけれど、上手くいくことばかりじゃない。私が背負えること、私ができること、それをただやっていくのみ。話はそれからだ、と思うことにしよう。

 イライラする。そういうときもある。ムカつくときだってある。それらに支配されないで。感情の支配権を他者に委ねないで。

 そんなことを考えた。

 悲しいけれど、きっとこれからもつらい思いをするし、身を削がれるような痛みに出会うと思うけれど、嘆かないで。自棄にならないでね。私。