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ベランダの実験室

思考の記録です。

アジカンの『荒野を歩け』 他

アジカンの『荒野を歩け』

 歌詞の中に「理由のない悲しみ」という言葉が出てくる。そうだ。理由がない悲しみだってあるんだ。悲しみの存在証明のような言葉だなって思って、ちょっと泣きたくなった。理由がなくても、悲しいときだってあるさ。それでもね。そういう歌って気がする。こういうやる気がない感じのアジカンの曲が私は大好きなのだ。「やる気がない」ってのは絶対おかしい。違う違う。アーティストにやる気がない、って意味じゃなくて、「やる気持てよおらああああ!!!!」みたいな曲じゃないってこと。そんなこともあるよね、ってとりあえず落ち着ける歌。私はそれを「日常系」って勝手に呼んでいるのだけど、『踵で愛を打ち鳴らせ』や『今を生きて』や『迷子犬のビート』なんかも「日常系」のカテゴリーだ。好き。

 いやさ、何があったわけではないけれど、頑張るの疲れちゃって。疲れちゃうほど何か頑張ったのかなとは思うけれど、とにかくもう自分の気持ちを上げていくのがしんどくなっちゃって。そうなったら、もうどうしようもない。自分疲れているんだな頑張れないんだなって事実を認めることから始めないと、にっちもさっちも行かない。そういうときに、アジカンの曲を聴く。とりあえず、まともな服を着て、身を整えて、テンションが上がってきたら部屋の掃除をして、と段階を上げていくと、ちょっとはマシになっている。

 『荒野を歩け』はギターといいドラムといい、リズムが最高である。音としても大好きな部分が多い曲みたいだ。これからもずっと聴いていこう。何もしたくなくなったときとかに聞くと、きっと最高だ。

 

最高の演技

 それほどフィギュアスケートが好きなわけでもないが、今シーズンの羽生選手のFSの演技は好きだ。久石譲さんの曲が使われているけれど、それが好きだからだ。

 リアルタイムでテレビの前に座り演技を見る。ぴょんぴょん飛んでは面白いくらいに綺麗に着氷する。ああ、これは流れができたのかもな、と思っていたら、ほぼノーミスで最高の演技になってしまった。ミスがないように、ないように、と思って見ていたから肝心の演技が頭に入っていなかった。もう一度見たくなって、深夜のスポーツ番組を急遽録画することにする。多分取り上げてくれるだろう。

 100%、って楽しいだろうな。そもそもこの演技が羽生君にとってどれくらいの演技だったかはわからないけれど、最高の大舞台で最高の演技ができる以上に達成感のあることなどあるのだろうか?全力っていいな。そう、全力。何か飛びぬけて秀でていることなどありはしないが、自分の100%を出す達成感のようなものは、もう対自己の領域の話でもあるし。普段生きていて、全力が求められるシチュエーションなど、そうそうあるものでもないような。全力。発狂。100%。達成感。浸かる。うーむ。憧れる。だから、せめてちょっとだけでも走る。

 常に最高を求めている人に敬意を。なんてね。敬意を払えるほど大層な身分でもないし。せめて、日々を真剣に。いや、真剣に生きたらそれはそれでしんどい。うーん。どっちだろう。どっちも?