ベランダの実験室

思考の記録です。

20160701 古い友人と久々に会った

 私にはたくさんの「友達」がいるのだな、と今日ふと思った。今日は懐かしい友人と思わぬ再会をしたので、その話をしよう。
 
 今日、私は私用で東京のある街にいた。夕方その用事を終えてそのまま帰宅の途につこうと思っていた。だけど、どうせ普段行かない街に来たのだし、今日は花の金曜日だ。急いで帰ってもやることなどたかが知れている。それなら、と私は20分くらい離れた別の街まで歩くことにした。
 坂が多かった。ヒールだと坂を歩くのは行きも帰りもつらい。飲み屋も多く、これからの楽しみに胸弾ませている人々を見るのは、それほど悪い気分ではなかった。とにかく歩く。
 結局、私が目標にしていた場所まで歩いてきたのけど、少々見込み違いだったので、引き返すことにした。その街にも駅はあるけれど、別の駅を使う方が乗換も楽だし料金もかからない。また歩く。

 その途中で私は私の友人と再会をする。
 それについて語る前に、友人について話そう。

 私の友人はたくさんいる。今までたくさん会ってきた友人もいるし、一回限りの友人もいる。だけどそれも仲たがいなどではなく、機会があればきっと「握手」することはできると信じている。私の友人は、その多くが私に寛容的だ。いつも優しく迎え入れてくれる。淡々と変わらずに。私の友人たちはバラエティに富んでいる。背の高さも、ウエストの細さも、その性格も様々だ。だけどやっぱり私が好きになるタイプの友人がいることも事実で、私は深く友人たちを知りたいけど同時にたくさんの人とも交流したいと思っている。色々な視野を持った友人とね。
 ああ、そういえばTと仮に名付けよう。「彼」とは、最近べったりとつるんでいたんだ。ずっと彼のことについて考えていたし、何度も彼と話した。その度に違う顔を見せてくるものだから、私はそういう深みのあるTが益々好きになったものだ。Tとは最近知り合ったけど、反対にずっと、それこそ、知り合って10年くらいのHという友人もいる。Hはきょうだいがたくさんいて、なんと7人兄弟の3番目だ。もちろんきょうだい全員とお話させてもらうことがあったけど、やっぱり流石きょうだいだ。似ている。しかも下にいくにつれて、ネガティブになっていくのはどうしたものかな、と他人だけど思ってしまう。でも7人目のやつは、私にもなるほどと思わせる人生の真理をすでに悟っていて、すごいなぁと思うのだ。Tのきょうだいはすごい。

 ああ、そうだった。そう、私は友人と再会した。結局2人の旧友と、友達の友達の子と、なんと新しい友だちを作ることもできた。だから今日は4人の人と会った。嬉しかったなぁ。ちゃんと変わらずに2人はいてくれた。あまりにも嬉しくて、ああそうか、私にはたくさんの友人がいたんだな、とちょっとした発見をしてこれを書いている。今日の友人たちは結局私のそばにいてくれるみたいだ。こんなに嬉しいことはない。明日から、私の近くにずっといてくれるのだ。だから何度でもお話しようと思っている。
 お金でつながる関係は不純だと言われる。それは事実だ。でも私の場合は(そしてきっとそれ以外の人の中にもいると思うけど)お金で友だちを引きとることは、一番の喜びというかすごいことなんだ。なかなかいつも一緒にいる友人はいない。
 
 今日は1000円と20円で、友だちを私の家に受け入れた、というか来てもらえることになった。私の友人は、色んなのところにいて、不意に姿を表すことも多い。普段は忘れているやつもいる。ま、私はこれからもたくさんの友達ができるだろう。付き合い方はそれぞれであれ。今ではデジタルでその友達に会いに行くこともできるらしい。まだ怖くてできないけど、そのうち私と友達の付き合い方も変わるのかもね。

 私にはそれほど友だちはいないけど、ある意味では友だちがたくさんいる。そう思うと孤独でつぶれそうでも不思議と大丈夫だ。