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祝福の日々

私-好きなこと=ブログ、です。

20161118 自分語り

 周りの人を温かくできる人

 素敵な文章を書く人

 世界の色んなことを書く人

 愛でる人

 人のことを見つめる人

 服を着こなす人

 

 そういう人に、私はなりたい。

 それ以上に成しえたい事なんて、あるのだろうか。

 

 とにかく書く。

 書いて、書いて、書きまくる人に、私はなりたいのかもしれない。

 

 そして、

 優しく、強い人に、なりたいな。

 

 

 私には昔から将来の夢がなかった。どうして周りが将来の夢に対して目を輝かせながら語ることができているのか、さっぱりわからなかった。将来の夢がないのは、私がそれを信じることができないからだ。素敵なことであるのはわかるけれど、それって大切なことなのかなそれで何か意味があるのかな何のためにあるのかな自己満足でしょう?誰も喜ばないんじゃないの?・・・色々とくだらないことを考えた。何より私はとっても飽きっぽかった。昨日はケーキ屋さん、今日は学者、明日は写真家、やりたいことも興味があることも、コロコロと変わる人間だった。自分で自分を信じることができないのだもの。それじゃあ、夢なんて信じられないよね。

 

 で、私は生きていても仕方がないと思うまでになった。

 生きていても楽しいことなんてないし、うまくいかないことだらけだし、語り合える人もいないし、もうどーでもいいじゃん。そう思った。ま、死なない理由はあるので命を絶つことはしませんが、それじゃあどう生きればいいのさ、と考える毎日。楽しくないはずだ。

 

 私が挙げられる夢は、これぐらい。本当にささやかなもの。

 

 ホント、自分でもどうかと思うぐらい、今まで楽しい人生じゃなかった。

 その原因はわかっていて、私が過度に人目を気にしていたからだ。良い子であることとが最善の道だと思っていた。自分で主張することなど何1つなかった。誰かの機嫌を損ねることなく、みんながニコニコしていれば何事も平和に上手くいくものだと思っていた。疑うことなく勉強をしてスポーツをしていた。もちろん素晴らしい経験をさせていただいたけれど、それは本当に私がやりたいことだったのだろうか。別にやりたいことをやる人生が素晴らしいとは思わない。やりたい/やりたくない、は視野を狭める可能性もあるし。が、私はとにかく考えなかったし反抗をしなかったのだ。それはあまり良くないことだったと思う。もう少し自分の言葉で自分の考えを、誰にどんな顔をされても言うことができれば、ちょっとは変わっていたかもしれない。

 

 十二国記シリーズ『月の影 影の海』にて主人公の陽子が確か「自分は人生に対して怠惰だった」というような箇所があったけれど、私もまさしく。私は人生に怠惰だったのだ。嫌われないか、おかしいと思われないか、このようなことを言っていいのか、、、、私は常に他者の価値観に従おうと思っていたのだ。どんだけ怠惰なのだ。自分のやりたいことをやるよりそっちの方が楽なんだもんな。

 

 ふざけるな、と思う。何に?色んなことに。

 後悔はしない。後悔しても戻らない日々だから。だけど、私は今まで私の人生に関わってきた人たちすべてを呪うのだ。もちろん私自身も呪う。こんなに悲しいことはないでしょう?怒っているし、恨んでもいる。憎くて仕方ない。幸せな人が羨ましく、妬ましい。そして自分の弱さに絶望する。

 

 と、つらつらと書いた。私は今この身に暴風雨を飼っているのだ。

 

 ホントどうしようもない。悲しいし、情けないし、馬鹿で身勝手で。どうやって生きていけばいいのだろう、と本当に途方に暮れる。

 

 まだまだ知らないことがたくさんある。まだまだ知らない。だからこの世から消えるのはもったいない。まだ、何もできていない。何も成しえていない。それなら死ねない。

 

 もう何もないから。

 何から始めようか。

 楽しいことをしよう。

 好きなことをしよう。

 

 生きることは面倒だけど、さりとて死ぬこともできず、悲しいな、人生は。