ベランダの実験室

思考の記録です。

20160818 30秒の邂逅

 真夏独特の湿って生暖かい空気の中、一人の女が道の真ん中をただひたすらに突き進む。前だけを見てただひたすらに。

 女は急いでいた。そして同時に苛立ってもいた。予定まであと30分。道中はどう頑張っても歩いて20分はかかる。あまり悠長にはしていられない。途中で水分補給のためにコンビニに寄りたいし。苛立ちの原因はいくつかあって、そもそも女は常に何かに追われていた。その多くは自分で蒔いた種であって、それがなおさらにムカつく。何よりこの暑さだ。人をげんなりさせるしかない、もったりとした暑さ。さらには、どこか遠くで雷鳴がなっている気がする。心なしか空が暗い。この期に及んでひどい雨にでも振られたら、もう泣けてくる。女はただ、急ぐことにした。

 そんなとき、その出会いはあった。

 出会い?そんな風に呼ぶような、大それたものではない。はっきり言ってしまえば、ただの客引きだ。しかも私は一言もしゃべらずに通りすぎたではないか、何が出会いだ。

 しかし、妙に、心に残った。なんでだろな。おかしいな。

 

 急ぎ足で道路の真ん中を歩く私の前方に、黒人の男性がいた。時刻はお昼時からちょっと外れた頃合い。その周辺には飲食店もあったし雑貨店もあったしよくわからないお店がひしめき合っているから一体なんの客引きなのかわかりゃしない。しかし、確かにその男性は道端の人々を誘うのが仕事のようだった。

 彼は私に笑いかけた。この段階で無下にするのもどうかと思ったので、ひとまず口角をあげる努力をする。多分うまくいった。

 彼はそれに気を良くしたのだろうか?声をかけてきた。

 

「お姉さん仕事?」

 

 正直に言おう。お姉さんなんて声をかけられるとは思わなかった。そうか、私はもう「お姉さん」なのか。へ~と妙に感心していた。そこじゃないだろ反応は、って感じだけど。いや、そもそも女性を「お姉さん」以外にどう呼ぶのだ、「おばさん」は怒られるだろ?じゃああと何?やっぱり「お姉さん」が一番無難なんだな、と突っ込みをいれてひとまず話を戻す。

 声をかけられてしまった。

 その間にもどんどん彼と私の距離は縮まる。なにせ私はどんどん歩いているのだから。

 客引きさんと私の距離が限りなく近づいた一瞬。つまり私が彼の横を通りすぎようとしたとき、あろうことか彼は私に手を差し出してきた。私、困惑。一体どうしろと?握手なのか、それともただ手を差し出しただけか?ジェスチャーか?

 反応できないまま、結局私は彼の横を素通りしてしまった。そのまま後ろを振り向かなかった。客引きさんも、何も言ってこなかった。ただ、それだけ。時間にして30秒。

 

 なんてことない客引きの一場面でした。

 

 

 なんで印象に残ったんだろうな、と思ったら、少しわかったかもしれない。

 彼は、私に笑いかけてきた。ぶっちゃけ目が合った。あの場面で私以外はいなかった。私はそれに応じた。頑張って作った笑顔で。それに対して彼はさらに声をかけてきた。それは、多分コミュニケーションだ。

 こうやって書くと、いかにも私が一目ぼれに弱そうな人間に見える。したことがないのでわからない。でも、弱いだろうなと思う。つまり、「私だけに向けられた」と思えるメッセージは、それだけ威力倍増なのだと思う。ましてや、日々さびしさで飢えている私だ。効果てきめんだろう。

 じゃあさらに言うと、今日オウム真理教関係の本を一冊読み終わった。オウム関連は初めてだと思う。読もうと思った理由は大したものじゃないし完全に趣味で読んでいる読書の一環だから学業にもつながらない。「客引き」と強引につなげよう。

 オウム真理教の教祖だった麻原氏の人間像をただひたすらに追う本の中で、彼と信者たちの関係性はその1つの材料だ。いくつものエピソードで、やっぱりどの信者さんも麻原氏の「力」について触れる。グル(=麻原氏)自分のことをきちんと見てくれる方だ。みんなそう思ってしまうらしい。超能力とかそんなものは脇に置いておいて、しかし人にそう思わせるのは、麻原氏が相手に対してきちんと「メッセージ」を発していたんだろうと思うのだ。「あなただけに向けているの」という強い力を持って、コミュニケーションできる人だったのかな、と。そして信者もそれを受容する素地があった。

 

 それだけなんだけど。

 日々を送っていて、なかなかこのような強いメッセージ性を感じる機会ってないんだなぁと思った次第です。それは私だけなのか。一般的なことなのか。そもそもメッセージ性ってどういうものなのか考える必要はあるけれど。でも、「私だけに向けられたメッセ―ジ」って甘美な感情を引き起こしそうだ。ああ、でもストーカーとかは被害者は嫌悪感しか抱かなそうだな。じゃあ、受け手の条件もありそうだ。

 

 という、なんてことない話でした。書きながら思わぬ方向にいって面白かった。