ベランダの実験室

思考の記録です。

20160809 現実と虚構が入り混じるこの世の中で

 

 私は、現実が好きじゃない。

 「嫌い」という積極的な表現はできないくらいに、好きじゃない。

 自分が、自分の現状が、自分の周りの環境が、自分と関わる人間が。

 

 そして、フィクションを生きる人々が好きだ。

 ドラマ然り、漫画然り、小説然り、映画然り、ゲーム然り。

 どんなに悪いやつだろうと、私はその人々を、キャラクターを知りたいと思う。嫌いにならないと思う。

 だから時々不思議になる。なんで、その心の働きが、現実で生きている他者に向かわないのかな、って。生身の、直に関わる人間に向かわないのかな、って。

 

 私の仮説はこうだ。

 フィクションで生きる人々はとてもわかりやすい。矛盾すらわかりやすい。何度も再生できる。なめ回すように味わうことができる。考える情報の量が少ないのに、何度も見ることができるのだ。とっても楽なのかもしれない。そして一方的な関係。私は何もしなくていい。話しかけられることもないし、考えることもしなくていい。私のままで一方的な関係を続けることができる。だから、とっても都合がいいのだ。

 

 反面、生身の人間はめんどくさい。何を考えているのかわからない。どういう切り返しの仕方をしてくるかわからない。どうふるまえばいいかわからない。面倒だ。だから疲れる。そして、私はそこに歓びを見いだせないままここまで来てしまったのかも、しれない。

 

 どうしたらいいのか、と途方に暮れる。物語に浸かることが楽しいと自覚するようになると、ますますそこにハマりたくなる。逃げたくなる。現実を生きないとダメでしょ?と思う自分がいて、それがなんだか苦しいのか。

 

 根本にある、現実という存在の健全さと物語が好きと言う後ろめたさ。

 一体どうしたら?それがある限り、私は現実を捨てきれないし物語に浸り切れない。

 

 

 ドラマ「ON」を見ながら、そういうことをふと思う。

 「ON」第5話の感想はまた明日。