読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

祝福の日々

私-好きなこと=ブログ、です。

20160717 泥のように眠る日々よ、アゲイン。

つぶやき 走ることについての考察

 夏である。

 

 個人的に、今、季節の移り変わりだとか時間の流れだとか、そういうことを考えたくないので、夏が来ていることを認めたくない。しかしこの蒸し暑さは認めないといけない。夏は、もう来ている。 夏、だからだろうか?最近になって思いだすようになった記憶がある。それは「合宿」の記憶だ。あの頃は、こんなこともうごめんだと思っていたけれど、記憶の上方修正が入るのは常なり。今でも良き思い出となっている。

 

 私は小学生の頃の夏休みの恒例行事は「合宿」だった。一泊二日ではなく、四泊くらいの合宿。どこか避暑地に放り出され1日3回、2時間くらいの練習をこなした。長ーいテーブルに座り、今では見たくもない量の飯を平らげ、同じ年ごろの子たちと雑魚寝し、翌朝朝食も食べていないのに練習場に向かう。練習と考えるだけで体調が悪くなり、吐き気がした。あと何回練習すれば帰れるのかカウントダウンしていたくせに、4日目の夜は妙にさみしくなるあの感覚。もう味わうことはないだろうな、と思う。

 

 最近になって、夜も暑くなってきた。熱を帯びている身体。身体がべたついて服が張り付いているなか起きる。そういうとき、あの5日間を思いだす。きっと記憶のトリガーは「布団と肉体的な疲れとむわっとした匂い」だ。決してやましいものではなく、健全なものだ。

 

 練習は相当ハードであり、食べないとやっていけないし眠らないとやっていけない。朝練が終わり、朝食を食べて、午前練、昼食の後休息をとって、午後練、夕食を食べて、お風呂に入ったら、もう寝る。そういう5日間。それ自体は特別珍しいことじゃないと思う。合宿なんてそういうものだ。昼食後の休憩も、仮眠しないとやってけない。眠ることは肉体を休ませるために必要なもの。切に感じた。まだ身体は眠っているのに、練習が始まることも。あのけだるさはずっと忘れない。

 

 思いだすことをつらつらと書いているけれど、あの頃以上に健康的な生き方をしたことはないと思う。起きる、食べる、練習する、食べる、寝る、練習する、食べる、お風呂に入る、寝る。RPGの行動コマンドも選択肢は少ない。徹底的に身体があった5日間だった。

 

 オチはないけれど、今になって、あの日々は美化されてある種のノスタルジーを帯びている。今も疲れて心底へとへとになることがあるけれど、どちらかというと肉体的な疲労ではなく精神的な疲れが多い。今の疲れの方がより複雑だ。そう、疲れるにしても、複雑かどうか、という点は重要だ。どうせならシンプルに疲れたい。食べて、寝て、それで回復する疲れがいい。ストレス発散だー!とかそんなものがいる疲れは、疲れる。疲れだから当然だけど。

 

 話は変わるけれど、私は今、もう一度「走る」ことを習慣にしたいな、と思っている。(私は元陸上部ではありません。別のスポーツをずっとしていました。)徹底的に体を痛めつけたい。泥のように眠る、日々よアゲイン、って感じ。

 

f:id:dorian91:20160717233501j:plain