ベランダの実験室

思考の記録です。

20160715 自己完結人間にとってひたすら耳が痛いアニメ、それが「はんだくん」

 夏シーズンの新アニメが続々公開されていますね。最近はあんまりアニメも見ていないけど、「甘々と稲妻」「はんだくん」あたりは見ようと思っています。で、アニメ「はんだくん」を第2話まで見ていたのですが、えぐられるといいますか、心穏やかにしてみることができないなぁ・・・なんでだ?と思った次第です。ちゃんと説明しておくと、「はんだくん」というのは「半田清」という高校生ながら書道家である青年の笑える学校生活、というアニメなんです。そう、えぐられるっておかしい。絶対おかしい。扱われている内容はコメディであると思っていて、でも、なんか笑えない。それはですね、「はんだくん」が

自己完結型人間の日常を笑うものであることに他ならないのではないか、ということではないのか、と。私は思ったのです。

 

半田くんの特徴

・若き天才書道家

・高校生

・学校から一目置かれているがそれを「嫌われている」と思いこんでいる

・超ネガティブ

・常時ATフィールドを発動

 

はんだくん」の内容

 言ってしまうと、半田君は学校では一目置かれていて「嫌われている」ということはない。むしろネガティブ思考故の奇怪な行動を連発しているのに「嫌われない」というすごい才能の持ち主。どう考えても周囲とのコミュニケ―ションが成り立っていないのに、そのズレが良い様に解釈されているすごい世界観なのである。

 例えば、女の子から手紙をもらったら、「果たし状」だと思っちゃうし、学級委員に推薦されたのは、面倒くさいことを自分に押し付ける級友たちの陰謀だと思うし。細々な部分で「いや、それ違うでしょ!」という解釈を連発する半田君。「自分はみんなから嫌われている」という価値観が彼にとって絶対的なのがわかる。多分そこに至る経緯も明らかになるのだろうけど、それは後々の楽しみにしておこう。なんだかんだ言いながら、私はこのアニメ楽しみにしているのだ。

 

自己完結な半田くん

 プロフィールの説明には「超ネガティブ」という表記の半田君だけど、それって土台にあるのは「自己完結している」ってことに尽きるのかな?と思います。自分の中で議論が完結している→その議論とは「自分がみんなから嫌われている」ということ→超ネガティブ、の図式。

 他人がどう思っているか、という確認はしないわけであります。そのチャンネルは完全に閉ざされている。しかも彼は有名な書家なので、それもあって外の他人も気軽に声をかけられない構図が憎いです。

 にしても、そのネガティブ全開の思考は、自分の思考パターンを再現してもらっているようで苦々しいのが正直な感想です。もちろん私は何かの才に秀でているわけではないので半田君とは全く立場が違うのでしょうけど、完璧に内側に閉じこもっているときっと外の意見がどうだとか、他人からどう見られているとか、そういう思考にまで想像力がいかないんだと思います。だから私自身今の時点で、どれくらいまで想像できているのか懐疑的です。

 

結局みんな自己完結?

 そんな半田君の暴走っぷりが面白いアニメですけど、自己完結しているのは半田君だけじゃないよね、というのが興味深いところ。

はんだくん」で面白いのは2点あって

①半田君自身の思考回路は周りはわかっていない。つまり半田君はネガティブな人、とは誰も思っていない(多分親友は除いて)

②半田君のズレている行動が、なぜか良い様に受け止められている

です。

 ①半田君の超ネガティブっぷりが露見されていない。みんな露ほど半田君がネガティブな奴だとは思っていない。それってつまり、理解できていない。理解しようとしていない。この「理解しようといていない」というのは、②とも関連して、半田君の奇妙な行動がポジティブな点で解釈されていることからも見られます。要はみんな自分が見たい「半田君」を脳内で形成して本人に当てはめているだけじゃないか、半田君だけじゃなくて、級友たちの脳内でも様々な妄想が繰り広げられ、本当のこととは全く違った解釈にたどり着いてしまうわけです。

 

 人間の思いこみの激しさ、独善性が錯綜する「はんだくん」。それを笑いに昇華することは何らかの意義があるように思います。そうやって自己完結性を笑えるくらいになればいいのに。一方で、自己完結人間は「協調性がない」とか「独りよがり」とかボロクソ言われるネタにもなるのにね。

 

はんだくん」面白いです。アニメを見てふと思ったことでした。