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祝福の日々

私-好きなこと=ブログ、です。

20160711 さよなら、Youtube

 この度、Youtubeとお別れすることになりました、どりあんです。ちなみに私は「ユーチューバ―」と呼ばれる人ではありません。投稿なんて、やり方も知らないです。Youtubeの動画を漁るのが好きな、ただの人間です。

 どういうことかというと、これまでのYoutubeK-POPやらゲーム実況やらドキュメンタリーやら各種プロモーションビデオやら、見ていた」状態から手を切るということになりました。悲しいことに、こういう判断をせざるを得なくなりました。

 

 これまでの状態

  • Youtubeで登録しているチャンネルの最新動画をチェックするのが日課
  • YoutubeK-POPアイドルのMVを見たり、動画を見たりと、芋づる式に検索し、膨大な時間を使ってしまう
  • 動画を見るのは楽であり楽しいことなので、現実逃避に多用してしまう。結果的に自己嫌悪に陥り、益々現実逃避。負のループ。つらい。

 

 端的に言うとこんな感じです。つまり、うまいこと付き合い方がわかっていなかったというわけです。私以外の人はきちんと付き合えている人もいるのでしょうが、私の気質上、うまくコントロールすることはとても難しいことでした。今の自分を鑑みた上で、とりあえずの方法として一端距離を置くことを決めました。

 

 具体的に何をしたか

  1.  iPhone内のYoutube専用アプリを消去
  2.  PCのブックマークからYoutubeを削除
  3.  Youtube内で気に入ったアーティストやら人物やらのチャンネルをフォローするのを辞める
  4.  お気に入りのPVなどは「リスト」化していたけど、それも全部削除

 

 これで、だいぶ楽になりました。今までのように惰性で動画を見ることはほぼほぼ無くなったように思います。

 

 1.に関しては、アプリを消去することでなんとなく動画を見ることが減ります。手持ち無沙汰でiPhoneをいじっているだけでは動画を見るところまでいかなくなりました。大体ネットサーフィンで済む。

 2.についても同様。本当に動画を見たいならいちいち検索してYoutubeのサイトを開くようになりました。それだけで面倒くさい。

 3.は予想以上に効果があって、Youtubeを開いたとしても、チャンネルに登録してないのでお目当てのアイドルの最新動画などは検索しないと出てこなくなりました。この「自動性」というのが無いだけで、動画を見なくなりました。

 

動画の魔力

 話は変わりますが、ファミレスなど飲食店に行くと、時々小さなお子さんがいる家族を見かけます。あとは、電車とか。私はカフェに行くのが好きなので、ママ会のようにお母さん方が優雅にお茶をしている場面にも出くわします。

 そうした時に、小さな子どもなのにおとなしいな~と思っていると、大概スマホを食い入るように見つめていたりします。何かの動画を見せているのでしょうか?あとは王道ですが携帯ゲーム機ですね。すさまじい集中力です。

 このように、動画というのはとてもわかりやすいものみたいです。集中しやすい。小さい子どもだけでなく、20歳を超えた私にも同様に言えることです。何に集中しやすいかは人それぞれで、例えば私は映画やドラマを集中して見ることはできませんが、4分くらいの短い動画だと続けていくつも見ることができます。惰性で見ていることはわかるのに、画面から目を離せない。やらないといけないことをつい後回しにしてしまいがちな傾向に、さらに拍車がかかります。恐ろしい動画の魔力です。

 私はついに、自分でこの魔力に抗うことができませんでした。時間を決めて、とか、本数を決めて、とかそういうことはできなかった。それなら物理的に改善していくほかありません。

 

 

 なぜ「さよなら」をするのか

 先に申し上げたように、自己嫌悪からの精神状態の悪化、が大きな理由ですが、そもそも「動画」というある種の虚構めいたものに毒されすぎ、と思ったこともあります。特にK-POPは、今でも好きな気持ちは変わりませんが、アイドルというのは「消費」です。元々抱いていた「偶像としてのアイドル」観がここにきて私の中で再度盛り上がってきた、ということもあり、少し距離を置こうと思いました。コントロールがついていないのは、やっぱり危ない。といっても、私は熱心なファンではないのでお金を投資してはいません。ですが、時間は投資しています。その時間をもっと他のことに使うべき、何もかっこいい理由ではなくそうしないとまともに生きていけないレベルで、時間の使い方を考えないとやばい段階に来てしまいました、情けないことに。

 といっても、変わらずこれからも緩くK-POPやゲームやその他動画を愛でることはしますけれど、付き合い方を変える一歩としてこのように、行動として踏み切ることにしました。

 

モノが悪いのではない、使う人間の問題

 これは、Youtubeの方に問題がある話ではなく、私個人のあり方の問題です。いつの時代も、使い方次第では包丁も言葉も、人を不幸せにするものだし、同時に豊かにするものでした。同じことです。

 

 私がもう少しまともになるその日まで、Youtubeよ、さようなら。