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祝福の日々

私-好きなこと=ブログ、です。

20170119 感動を食べて私は生きている

つぶやき

感動を食べて私は生きているのだ、と思った。

 

時々、猛烈に襲う「これって生きていても仕方ないんじゃない?」という暴力的なエネルギー。本気じゃない。本気であるわけない。だけど、脱力感と共に時々そういう感覚がやってくる。

そんな時、過去に存在した「心が動いた瞬間」を思い浮かべるようにしている。何でもいい。美味しいものを食べてもいい。誰かから素敵な言葉を頂いたことでもいい。何かをやり切った達成感でもいい。心が動いた、と表現せざるをえないような、でかいエネルギーを感じたときのことを思い浮かべて、私は考える。

これからも生きていれば、そういう瞬間がやってくるだろう、と。

そう思ったら、大概のことは大丈夫である。それが私の延命術。

 

そうでもしないとやっていけないから。だから私はいつも大げさに感動するのだ。感動したことをできるだけ覚えていたいのだ。いつか、消えたくなったとき、無力感に苛まれたとき、もうやっていけないと思ったとき、思いだすために。

 

恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』が直木賞を受賞されたようで。この小説からも、また、心動かされたのだった。私にしては珍しく、未読だけど単行本を購入した作品。買って良かったなぁって久々に思えたな。そういう「出会い」がこれからもあることを信じて。また明日目覚めることがわくわくできるように。

20170118 地球最後の日

つぶやき

ファンタジーは嫌いじゃないけれど、あまり現実的ではない想像はしない気がする。もし今日が地球最後の日だとしたら、あなたは何をしますか?そう尋ねられても、実際うまく答えることができない。その時になってみないとわからないや。

それでもどうにか頭をひねって答えを考えようとするならば。どう答えよう。

今の気分はこうだ。

ノートとペンを持って出かけます。今までの自分の人生を振り返り、祝福するでしょう。ノートに幸せだった思い出や、逆に悲しかったことを書きたいだけ書くのです。できればカフェでページを広げたいけれど、みんな好きなことをしてるからカフェはやってないかな。そして、夜は餃子をたくさん作るのです。キャベツを細かく刻んで、ひき肉と混ぜて、ニラも入れたい。生姜とニンニクをたくさん入れて、ごま油と醤油ととかで味付けして、皮で包んでたくさん焼くの。たくさん焼いてそこにいる人たちと、ふうふう言いながらたくさん食べて、お腹いっぱいの気持ちでお布団に入って寝ます。そんな感じ。


・・・。案外、具体的に答えることができた。


こういう時、あ〜私っていつか死んじゃうんだな、って思い知らされる。私、まだ死ねないな。まだ、見てないこと、知らないことがたくさんあるから。そういうことを思いながら、私はもう寝ます。おやすみ。

20170117 走ることについて

つぶやき 走ることについての考察

 走ること。

 最近少しずつ走り始めている。もう少しで2カ月くらいだろうか。今まで何度も挑戦しては挫折してきた「走る」こと。それほど好きじゃないこと。だけど「走れるようになりたい」とは思っていること。週に2~3日走ってきた。

 走る際に気を付けていることがある。

①頑張らない

②どんなに遅くてもよい

③早さより、距離より、充実度

の3つ。

 ①の頑張らない。頑張るのは人に言われたことに対してだけ。自分でやりたいと思ったことについては頑張らない。楽しんでやることにする。その方が続けていられる気がしたので。頑張ってしまうと、頑張れないときに疲れる。今までは自分で課した目標に達することができない自分にイライラしてしまったから、今回はあんまり目標を立てないようにしている。

 ②頑張らない、に関連して、どんなに遅くてもそれを良しと認めることにしている。正直、走っているどんな人よりも私は遅いスピードで走っている。悔しい。もっともっと軽やかに走れるようになりたいけど、身体は全然追いついてこない。無理してスピードを上げると、すぐ立ち止まってしまう。だから自分が出せる自然なスピードで、長く走れるように。苦しくない程度に。それを意識している。

 ③距離もスピードも気にしない。それよりは「楽しかった」「やりきった」「気持ちがよかった」という感情を大切にしている。そうすれば明日以降にもつながりそうで。

 

 決して走ることが好きなわけじゃないけれど、走れる自分になりたいし、どうせやることもないし、だから私は走っている。もっと痩せねばならないし。

 

 走ることは、考えるってことである。自分だけの時間。同じ30分であっても、どんなことよりも濃密な時間。気負わず、これからも走っていきたいと願う。

20170117 定食についてくるスープ

つぶやき

時々行く中華料理屋で出てくる定食のスープが、私はとっても好きだ。


醤油味でねぎが浮かんでいる、味が濃いスープだ。普通のなんてことないスープだけど、美味しくて、これ目当てで定食を頼んじゃうくらい好きだ。普通は定食がメインなのにね。

きっとなんてことないスープだ。それでも味が好きなのだから仕方がない。好きだと言おう。


とびっきりおいしい食べ物を求めて、人は今日も彷徨う。グルメに関しては、いつまで経っても飽くなき追求を辞めない。本にネットにテレビに、みんなが美味しいものを食べたいと願っている。私も美味しいものが食べたい。のだけど。別にそこまで追い求めなくてもいいかしら?って気分であることも確かだ。少なくとも身の回りにある大概のものは「美味しい!」って思えちゃうのだから。動き回ってたくさん働いて勉強して、そういう時に食べたら尚のこと美味しいことを、私は知っている。


忙しくなったら、つらくなったり、悲しくなったりして、目の前の美味しいはずのものが美味しく感じられなくならない生活を送りたいものである。それだけクリアしていれば、きっと私の目の前にはいつも美味しいものがあるだろう。


なんてことないものを美味しいと思えるほうが、安上がりだなーと、餃子のランチを食べながら考えていた。ニンニクが効いていてキャベツ多めな、比較的大きめな餃子は今日も変わらず美味しかった。私は醤油にラー油を浮かべて餃子をつけて食べるのが好き。ご飯は柔らかめでもちもちしてた。そして、大好きなスープもきっちり飲み干した。


こんな日々をいつまでも過ごしたい。


20170113 私の「雨ニモマケズ」とは何か

つぶやき

 雨ニモマケズ 風ニモマケズ

 

 これは有名な詩の冒頭の一節。日本人ならよく耳にする一節。

 あんまり深く考えたことがなかったけれど、これって「僕はこうやって生きていきたいんです!」って宣言っぽい。少なくとも私はそう捉えることにする。これは生き方宣言だ。

 それでは、私の「雨ニモマケズ」ってなんだろうな。もちろん自分はこう生きたいんです!ってのは時に変わるし気分によってもだいぶ変わる。だけど同時にその人の価値観ってのも色濃く出ているような気がして、私は知っている人の「こうやって生きていきたいんです!」宣言を知りたいかもしれない、ちょっとは。

 

 私はねー大したことはないんだけど…。

 ずっとノートとペンを持って生きていきたいかな。あとは身体を動かすこと。Tシャツとジーンズをかっこよく着こなせる人になりたい。そして、旬のものをきちんと使った質素でしかしおいしい料理を作って、お弁当を持って晴れた日は公園に出かけることを楽しめる人になりたい。それが、私。身の周りに少しづつ「好きなもの」を集めて、しかし未知のものに飛び込む勇気もちょっとは持ち合わせている人。それぐらいだな。随時更新中。

20170109 私は絶対「旅行はどちらへ?」とは聞かないから

つぶやき

 大学卒業間際の空白期間は、旅行へ行くことが定石らしい。

 「治野さんはどこか行くんですか?」と聞かれた時に答える台詞を、私は今の今まで用意してこなかった。途端に言葉に詰まり、私はとりあえずこう答えた。

 「行きたい気分になったら行くと思うよ」

 

 もちろん、一緒に旅行するような誰かがいないってこともある。友達はゼロでは無いだろうけど、限りなくゼロに近い。そして、誰かと一緒じゃなくても旅行に行ってもいいのだ。数年前は1人で世界遺産のある都市に行ったことだし。でも、あいにく今はそういう気分では無いのだ。だから、私は「行きたい気分になったら勝手に行くと思う」。

 

 私にそれを聞いてきた人に悪意があったわけじゃない。その人にあったのは、「卒業間際の空白期間は、卒業旅行と洒落込んでパーっとどこかに行くものでしょ?」という価値観だ。それが悪いことなわけ、ない。が、こんなにもその言葉は私にとって痛いのも事実。旅行なんて、行かないのにな~。そんなモヤモヤした気持ちを引きずりながら、その日を終えた。

 

 

 別に卒業旅行に行かなくていいのだ。行きたいと思ったら行けばいい。みんなが行っているからってその通りにしないといけないことはないし、中には違う時間の使い方をしている人もいるだろう。「みんな」は、文字通り「みんな」ではないのだ。

 私は多分パーッとどこかには行かないし、かといってだらだらと過ごすわけにもいかない。そもそも私はまだ「卒業する」という実感がないし、その前にやらないといけないことは残っているわけで確定した未来などないのだ。だからとりあえず消化しないといけないことを消化してから考えたい。

 

 にしても、みんながみんな、旅行好きで友だちがいて、空白を埋めたいって思っているとは限らないんだからな!私のように、旅行に今はそれほど魅力を感じていなくて、友達いなくて、空いている時間は落ち着いてのんびり過ごしたい人もいるんだからな!と、言い返せない私も私か。いっつも、こういう考えは会話のずいぶん後に考えがまとまるのであって、言い返したい相手はとうの昔に私の前から姿を消しているのだ。いっつも言葉は遅れてやってくる。悲しい。

 

 今日のことがあって、私は絶対「卒業旅行には行くの?」とは聞かない、と決めた。

 

20170107 風邪日記

つぶやき

風邪をひいた。

心当たりは、いくつかある。

 

普段、意識しないでも健康体なので、何か不調があると悲しくなる。恵まれているみたいだ。ちょっとは感謝しよう。


1日寝込む。

数ヶ月前は、何をするのも嫌で布団にくるまって、何も考えないように、手近な享楽に溺れてた。あのときは何にも考えずにそれができてたけど、1日何もせずに横になるって、しんどい。何にもせずに、1日が失われていくようで。復調したらたくさん動くことを誓う。


インフルエンザを疑う。頭は痛くない。お腹も痛くない。いつも通り食べることができて(それは私の良いところだ)ただただ筋肉が痛く、体が痛い。熱は38度を超えてしまった。


落ち込んでいるとかではなくて、身体の限界というかそういうものを感じるとき、私は「いずれ自分は死ぬのだよな」と思ってしまう。「消えたい」とは思ったことがあるが、「死にたい」とは思わないな。私はまだまだ死にたくない。


痛い思いをして死にたくないな。病気で体が辛いのも嫌だな。風邪はそういうことを思い出させてくれる。あとは、一向に早くならないジョギングでも、所詮心はいくらでも駆けられても身体がついていかない事実を突きつけられて、体は心の容れ物かしらね、と私は思ったりする。


風邪の時にしか、風邪のことは書けないから。布団にくるまりながら、こんなことを書く。健康は大事だ。