ベランダの実験室

思考の記録です。

表参道(20190721)

表参道は好きな街だ。好きな街だと、思う。多分。それは清々しいほどに「自分とは関係ない別世界」と思えるからだ。

表参道の好きなところは沢山あって、代々木公園はたまた明治神宮まで伸びる表参道は二車線で広々、両脇には緑樹が立ち並びそれが日除けになるし四季を感じさせる。日差しの光量によって木々と日陰の見え方が変わるのです実は。お高そうなジュエリーやら洋服やらスイーツやらがショーウィンドウに大事そうに並べられている様は綺麗だなと思う。大通りを一歩路地に入れば、コンクリで固められたいい感じのセレクトショップがたくさんあって、その建物を見ているだけで楽しい。最初から品物を買うつもりがないというのも大きくて、「鑑賞」と「狩り」は使う脳みその部分が違うのだ。だから気楽。

そして青山ブックセンターが徒歩圏内にあるのも良い。街の、人のエネルギーにあてられてしんどくなったとしても、青山ブックセンターに駆け込めば精神が落ち着く。青山ブックセンターがあるから私は大丈夫。そんな気持ちになる本屋はあまり無いので、二、三度しか行ったことがないけれど私は青山ブックセンターが好きです。蔵書の系統も好みだし。表参道は渋谷にも明治神宮にも原宿にも行こうと思えばふらっと歩いて行けるのも表参道の良いところだ。

縁はないがそうであっても通ることを許してもらえる、不思議な街、表参道。

最高の買い物(20190720)

 

 家計簿をつけるようになったのは、「自分が何にお金を使ったのか」を明白にすることであって「節約をする」というのが第一理由ではなかった(もちろん貯蓄をしたいので無駄遣いを防ぐという目的もあるけれど)。合計支出額がどんどん増えていくのが嫌で(でも仕方ないよね楽しみと支出は相関関係にあるから)そんな気持ちでは家計簿は単なる苦痛にしかならないため、本来の目的に立ち返ることにした。私は何にお金を使ったのか、ということ。

 この試みはまだ途中であり試行錯誤の段階だけれど、とりあえず「これ良い買い物したわ」と心の底から言える買い物についてはお気に入りの色でマーカーを引くことにした。びびびー。無理のない金額の範囲で、マーカーを引く回数を増やすこと。それが目標となるでしょう。6月は漢和辞典とふらっと立ち寄った日替わり定食と唐揚げ弁当とスタバの新作香る煎茶とグリーンアップルにマーカーを引いた。7月は今のところ洗顔フォームがお気に入り。顔を洗うとさっぱりしますね特にこれからの季節。

 ああ愛しい!と抱きしめるような買い物を、いつもしたいと思っている。

想像力(20190719)

気分が泥のまま何もせず布団に倒れ込みそのまま寝入ってしまった。翌朝急ぎでシャワーを浴びて身支度をして朝ご飯を食べて残り2本だったミルクティーの棒アイスを口に含みながら玄関の扉を開けた。水分をたっぷりと含んだ生暖かい空気が家の中に流れ込んでくる。幸いなのは今日は金曜日で明日は休みだということ。

想像の範疇を超えていた。これまでもそのような経験はたくさんあって心の奥底にしまわれているけれど、例えば8年前、真っ黒とした水が車置き場に並べられた何台も何百台もの車を押し流してしまった光景なんかはまだ鮮明に覚えている。あの時テレビで見た光景を理解することを拒絶し、面白いくらい容易く流される車の構図に笑ってしまって、笑った自分のこともよく覚えている。その時私は仲間と一緒にいて、電信柱がこれまた柔らかくグラングランしなる様を見て驚いていたね。

あの時と同じ感じがする。理解を、拒絶したい。

ガラスが割れる音、室内に一気に広がる艶めかしい火炎、もうもうと立ち込め酸素を奪い尽くす真っ黒な煙、原画が燃える音、誰かの悲鳴、熱さ、消防車のサイレン、人が焼ける匂い、朦朧とする意識。

わからなかった。わからないということが悲しく、私の想像は見えない壁に阻まれそれ以上拡張することがなかった。もっと言えば、私は等しく誰に対してもなけなしの想像力を振り絞り彼ら彼女らの最期をイメージするべきだと思っている。人は等しく人だから。でも私はそれをしない。無意識に比較し私にとって重大な事件を選別する。そんな自分の心の働きに気づき、幻滅する。

今日この文章を書き終われば、私は私の日常に戻る。戻ることを決めている。そして未来のある地点で昨日の出来事を振り返った時、この文章が私にとっての真実となる。そういう風な生き方を私がしているから。この文章はインターネットの片隅で誰に読まれることなく漂うことを願います。私の想像力を駆使した結果、私はこれを投稿するけれど、このような文章を公開することに対する抵抗もあるわけで。

ただ、ただ、悲しい。このような事件が起こらぬよう、自分に何ができるのか、自分がどうあるべきなのか、考えていかねばなりません。自分の不足や不満の取り扱い方に注意を払うこと。他者に思い馳せること。適切なる想像力を持つこと。無いなら持つ努力をすること。

一日が、始まる。

10kmの道のり(20190715)

 さぁ…と涼しい風が辺りを吹き抜ける。気温25℃ぐらい。曇り空。雨が降るような気がするが、案外降らずにもつかもしれない。一応雨雲レーダーで調べて数時間は降らないことを確認する。

 長い道のりの気晴らしのために1時間45分くらいのセットリストを作る。自分が特に気に入った曲しか流れない私の為のセットリスト。並べた順番に流すのも面白くないので、さらにシャッフルをして次に何が流れるかわからない状態を作り出す。これから1時間弱、私はたらたら走るのだ。

 「ジョギングが趣味です」とは今でも言えない。歴史としてはそれこそ高校を卒業してからだけれど、続いているようで続かず、だけどやめるには至っていない。走らない月もあるしそれが何か月も続くこともある。だけどどこかでは走っている。走ることはやめていない。走力は少しずつ(本当に微々たる差だが)上がっている気がする。

 自分で作りだした地獄を味わってみようか。そんなことを考えている。フルマラソンやそれより長いウルトラマラソンと言われるものだ。もちろん挑戦するには走力がまるで足りてない。だけど、私たちが苦しんでいるのは他人が勝手に作る理不尽な地獄だと思ったのだ。自分で地獄を用意してそれに飛び込むことはなかなか無い。ならば。ちなみにフルマラソンは走ったことがあるが地獄だった気がする。でも地獄を満喫できてはいなかったので、また挑戦してみたいのだ。

 走る。とてもゆっくりと。

 

ガソリンスタンド

 塩素の匂いとか、ガソリンの匂いが好き。ツンといた刺激臭。ガソリンスタンドの前を通り過ぎる。ガソリンを車に注ぐ、あの独特の、ホースの先っぽにつけられたあれが好き。使い方としては車のガソリンタンクの穴に入れてガソリンをトクトクトクと注ぐだけで、あれを人間に向けようとは誰も思わないしガソリンをぶっかけることはしないけれど、ガソリンをまき散らしてライターの火でも落としてしまったら当然のように辺りは火の海になるのだなぁ、誰もそんな使い方をしないけれど(もちろん私も)。道具、機械の使い方は人間に適切にインプットしてしまえばリスクは軽減される。包丁の使い方は親と料理番組から。人の刺し方はサスペンスドラマから(人を刺したことはないですよ!)

 

 今年はとても梅雨らしい梅雨の日々を過ごしていて、今年から梅雨が好きになった自分としては、おお梅雨だ梅雨だ…という気持ちだけれど川の水位は高い。水位は高いのに釣り糸を川面に垂らしているおじさんがいる。

 

死骸

 道の傍らに名も知らぬ鳥の死骸を見つける。私が近づくと黒い虫がブンと飛び立ってどこかに行ってしまった。悪い人間が変な餌を与えてないといいけれど。鳥の死因。なかなか思いつかない。外傷が見受けられなかったのがとても不安だ。

 思えば、人間以外の動物の死骸というのは街中ではなかなか見ないのだが、果たして生物はどこで息絶えるのだろう。私が見逃しているだけか。

 

 とんとんとんと走る。額に汗がにじむ。自分のペースを確認しながら黙々と足を前に運ぶ。意識を自分に向けながら自分のことについて考えなくていい至福の時間。落ち込む理由がないことに救われる。書くことと走ることは続けていけたらいいなぁと思う。だって、充実するもの。

 疲れてくたくたになって、それが嬉しい。地獄の後の水はさぞかし美味しいだろうさ。明日からまた日常だ。さて、生きたい。

「結婚式呼んでね」とあの時言えなかったあの子から(20190716)

LINEの通知が1件、2件と入ったとき、私は直感でその内容を理解していた。メッセージの中身を見なくてもわかっている。多分、そうだ。

私はすぐにアプリを開くことができなかった。今回に限ったことではなく、私はあらゆる「メッセージ」に恐怖を抱いているから。未開封のメッセージは、なんだか毒に濡れてずぶずぶになっているように思えた。常に最悪の内容を想定しないと誰かからのメッセージなんて開けられるわけがなかった。

私は予防線を張る。喜ばしいニュースであれ、残念なニュースであれ、引きずれば引きずるほど心が固くなる。私、いいから、さっさと、メッセージを、見ろ。

 

「今度、結婚する」

 

 ああ。

 わかってた。

 わかってたとも。

 

こんな単純なメッセージなのに、理解することを私の心が拒絶していた。心が、鉛のように重たくなった。

 

青春時代を共にした人が、この度結婚する。その人は、とても良い人だ。本当に、良い人。

     まだ、友だちでいてくれるの?

痛みを、恥を承知で、聞きたかった。きっとあなたは良い人だから「友だちだよ」と言うのだろうけれど。私は「青春時代を共にした友だち」って言えなかったけれど。それはあなたの所為じゃなくて、私の問題だ。ごめんね。

 

わからないって、思う。

私はただ私を維持するだけで必死だというのに。世の中そんな人たちばかりじゃないらしい。それとも「誰かの隣にいること」と「自分を保つこと」はそれぞれが補完し合っているのだろうか?それならばまだわかるけど。

 

こういうとき、私は自分が幼いということを思い知る。私はとことん、幼い。幼いんだ。自分で作ったガラスの城に引きこもる城主だ。

 

祝えない私。喜べない私。

自分の中で醸成される毒の沼に浸って、その痛みに酔っている私。

 

「おめでとう‼式、ぜひ参加させて~(#^^#)」

 

それっきり、メッセージを打てないでいる。打てない代わりにこの文章を書いている。通知が鳴る。1件2件と増えていくメッセージ。怖い。自分には理解できない。日本語のはずなのに。当日、式に参加している自分を想像して吐き気がした。そんな自分に、幻滅する。

 

取り乱す自分を、冷静に見つめたい自分がいる。どうして取り乱すの。落ち込むの。何が私にそうさせるの?これは、ついぞない機会だ。だから、脳に血をめぐらせろ。考えて考えて考えろ。

 

そもそも私が自分を下げる必要はこれっぽっちもなくて、私は私で好きに生きていることを改めて確認する。好きに生きられていないとすればそれは私の努力不足。幼いなりに、生きてんだ。それは恥じることじゃない。と、思い直す。死なずに生きているのでそれで許してほしい。にしても手ごわいな。外的(内的)圧力。気にしてないつもりだし、外的圧力はあまりかからない環境だと思ってたのだけど。正直に言えばとてもしんどく、それは私の長年の凝り固まったコンプレックスの存在を思い立たせるものだからで。

結婚は美徳だ。そうだとも素晴らしいことだ。喜ばしく素敵なことだ。それだけでいいはずなのに「結婚しないのは人としてどうかと思う」に思考が及ぶのは違うだろ私。流石、月日の積み重ねは違うと思った。生まれてこの方あらゆるものから「結婚は美徳」という思想を内在化させている。

気を取り直して、これからも「かっこいい人間になりたいわぁ、私」と漠然と思いながら生きていくこととする。そう、私、かっこいい人間になりたいんです(と言っている時点でかっこよくはないが、まあ、かっこよく生きたいのです)

あの時「結婚式呼んでね」と言えなかったけれど、言わなくても仲良くやっていて、それがとても良かった。式、誘ってくれてありがとう。ご結婚、おめでとうございます。

シャンプー(20190709)

白い光と何の変哲も無いユニットバス、所々黴びていて、そんな浴室で一人わしゃわしゃと髪を洗っていると、ここでは無い何処かに行きたくなる。露天風呂と、青空と大海原。私は、旅に出かけたい。熱い湯に浸かって、そのまま溶けるのだ。今、それ以上の望みが無い。今日も、明日も明後日も、私はわしゃわしゃと夢を泡立てる。

ヒメジョオン(20190707)

 気がつかないうちに空いた土地に花が咲き乱れていた。

 そのまま通り過ぎるのもなんだし、せっかく画質が良い写真が撮れるスマホを使っているのだもの、撮らねば!ということで道路をパタパタと向こう側へ渡る休日。

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 背が高い白い花。ヒメジョオン?と思って後々調べたら多分当たっている。ハルジオンとヒメジョオン、よく間違われる花々のようで、背が高いのはヒメジョオンらしい。他にも特徴は色々あるみたいだけれど。すっきりと同じぐらいの高さのヒメジョオンが一斉に咲き乱れているのは、なかなかの光景であった。

 

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 花びらが細くたくさんついていて、ちょっと隙間が空いているものなら、誰かのすきっ歯を連想してしまう。花言葉は「素朴で清楚」。