ベランダの実験室

思考の記録です。

単語なタイトル

googleで「星野源 歌詞」と検索をした。

 

最近、星野さんの歌を聴いていない。アルバム『Stranger』が好きで、中でも「フィルム」に惚れてその後もちょくちょく聴いていて、最近星野さんの曲聴いていないなぁ...という感じだ。「恋」らへんから怪しい。

それは別に星野さんに問題があるわけではなく、かといって私の方にも積極的な理由があるわけでもない。強いて言えばこちらのちょっとした心境の変化、かもしれない。

 

実は。星野さんの歌詞のタイトルのような文章を書きたいなと思っていたりする。久々にそのことを思い出して、今日は「星野源 歌詞」と検索したのだ。

気になったタイトルを挙げてみる。

 

営業

季節

グー

子供

キッチン

湯気

 

とか。

 

単語から連想される星野さんの独自の世界観。見ている風景。私も自分が見ている風景を言葉にしたい。あっさりとした文章が書きたい。文章のタイトルはできるだけ簡潔に。めちゃめちゃでもいい。文章と関係なくても、もしかしたらいいのかも。いつか自分が書いた文章のタイトルをずらっと並べたときに、短い言葉たちがざざざざと並んでいればいいな。

 

イメージはインスタと同じかもしれない。写真がずらららと並ぶように文章とタイトルをひたすら並べたい。

 

私は自意識が高くて、いつも自分の振る舞いだとか嫌な部分とか、よく自分の事を考えているのだけれど、いい加減そういうのやめたいなと思うことがある。数日経てば元のようにウジウジ考え事をしているけれど、少しずつ違うことを考えられたらいい。例えば、ミルクティーのこととか。いや、ミルクティーって自分の家で美味しく作れるものなんですね。しかもなかなか美味しいし。自分のことじゃなくて、自分の事以外のことを、できれば感動を、下手なりに言葉にできればいいなと。誰の為でもなく、自分の為でもなく、息をするようになんとなく文章を書けたらいいな、なんて。

 

そのうち「ミルクティー」というタイトルの文章が生まれるかもしれない。

「変わった人」である為には。

「変わった人」である為には、才能が必要なのか。ということについて考えている。才能って何だろう。違うな。ある領域においては非常に有能、と言ってもいいかもしれない。変わった人であるためには、ある程度の「力」が必要なのではないか。

そんなことをドラマを観ながら考えていた。

 

私は登場人物たちが風変わりなドラマがとても好きである。その人が持って生まれ大事に育んできた才能を存分に活かす、という物語が大好きなのだ。K-POPが好きなこととドラマが好きなことは、一見全く違うロジックが働いているように思えるが、私の中ではK-POPもドラマも好きな理由は同じである。それは、

 

「その人がその人らしく活き活きとしている」かつ「誰かが作った世界」であること。

 

多分私は現実が好きではないのだと思う。かといってフィクションが現実になることを期待しているわけでもない。現実が退屈な分、非現実の楽しさが際立つのであり、2つの温度差が大きいほど刺激が増す。非常に効果的だ。

 

変な人は大概何かしら得意なことがある。力がある。その力でもって周りの人間を蹴散らしていく。見ていて爽快だ。でも。思うに、人それぞれ何かしら得意なこと、他よりちょっとだけ秀でているものがあるのではないだろうか。なのに、それが見えてこない。あるいは私が盲目なだけなのだろうか。

また変わった人が存在するということは、平凡な人がいるということで、じゃあ変わってるって何なのだ、平凡って何なのだ。なんて考えたりして。

 

変わった人に憧れている。

それはつまり、自分の生き方をしたいということだ。さらに言うと、変な人じゃなくていいから自分に自信を持ちたいということだ。そうだ。だって変な人はみんな自分の存在を疑っていないもの。

 

変わった人になりたいけれど、実のところ私は自分に自信を持ちたいのだ。

嵐の松潤がひたすら変人な弁護士を演じているドラマを見ながら、私はそんなことを考えてた。

自信って、どうやって持つことができるのだろう。

 

荒野

社会人になり、働くようになった。

特に何もない日々。これでいいのか、この先どうなるのか。深く考え込んでしまうこともある。が、それでも私は今、荒野に立っている。

 

私は昔からなりたいものがなかった。叶えたい夢もなかった。未来のことをあまり考えてこなかった。

学校でのお決まり事の1つに、卒業アルバムがあり、時に文集があり、己の夢を語る場面がある。そんなとき、私はいつも困った。覚悟をもって書くことができる夢など何もなく、かといって適当に気になった職業を挙げることもできず、意味が分からないことを書いていた気がする。曖昧に無い夢をごまかした。

今も同じで、何1つ覚悟を以てできる気がしない。「私は覚悟なんてないんです」そうやって失敗することに対して予防線を張っているだけじゃないのか、と思う。多分そうなのだろうな。私は結局何1つ思いきって出来た例がないのだ。

 

ここまでの道。確かに自分で決めてきた。幸いにも自分で決めることができた。でも。自主性なんて本当はないんだ。やりたいことなんてない。学びたいこともあるように見えて、実はない。知的好奇心を持っていた方がそれなりに人生が面白そうだから、そのように振る舞っているだけで。できることなら誰にも会わずに引きこもっていたい。できれば、静かに生きたい。ふらふらとしていたい。私の主張なんて、今挙げたものぐらいなのだ。

 

孤独だ。時々寂しくてたまらなくなる。泣きたくなってしまうときもある。一人じゃないと思っているのに、やっぱり私は一人なのだと悲しくなってしまう。それは何故なのだろうと思う。

 

働くようになって、少しすっきりした。まだきちんと自立できてるわけではないけれど、「こうあるべき」というしがらみからようやく解放されたような気がするからだ。あまり学校は好きじゃなかったみたいだ。誰かが強く私に「あるべき像」を押し付けてきたわけではないけれど、他者と接するたびに自分で自分を演じそれにひどく消耗してしまうみたい。

本当は、好きに学べるときに、自由でありたかった。自由でなかったのは自分のせいだとわかっているけれど。残念だ。

 

何が言いたいのかわからなくなってきた。

そう。今私は見晴らしのいい荒野に立っている。多分、昔よりは自由だ。前よりは息をするのが楽になったのだ。好きにやっていいと思う。

 

と。こんな感じで真面目にうだうだ考えてみたところで、最近思い出すようにしているのは映画「カンフー・ヨガ」なのだよなぁ…あれは反則だ。もっと踊っていい。楽でいい。ゆるっとしていい。はずだ。

久々の奴

久々に奴がやって来た、という感じがする。

 

自分が自分であること。

他者が他者であること。

全てが面倒臭い。

そういう日が時々やってくる。

 

何も考えたくない。

何もしたくない。

誰とも会いたくない。

誰とも話したくない。

 

ただ。死にたいとは思わないな。

だって、これは「どう生きるか」という問題だから。

 

多分、頑張りすぎたのだろうね。お疲れ様。

来年はこんな風に静かに涙を流す夜がやって来ないことを願っている。

 

もっと強くなりたいし、

誠実な人になりたいし、

鈍感でいたいし、楽しく在りたい。

 

期待はしない。

少しづつ変わっていけたらいい。

 

自分の人生は恥じてないし、それが私だと言い切れるのに、何故私は臆病なのだろう。

風邪をひいた

多分風邪をひいた。

日頃、体の痛みや不快感に煩わされることなく生きているのだが、時々体が思い出したように体調を崩す。

今回は鼻水が止まらなくなり、体が熱っぽくなるパターンだ。と思っていたら、喉の痛みや体の痛みが出てきてしまった。インフルエンザでないといいのだけど。

体調が優れないと、上手くいくものも上手くいかないものだなと思う。思考が明らかに鈍る。健康であるというのはそれだけですごいことだし、大切にすべきだなと感じた。

 

痛みや不快は人に上手く伝えられないのももどかしい。それは感情とか考えも同じもので、むしろ共有できるということが稀なような。

身体に閉じ込められた感覚に思いを馳せる。

もうこれぐらいの文章しか、書けない。

今日はさっさと寝る。

 

 

うなぎ

うなぎを食べる。

ほわほわしっとりの肉質。うなぎらしいあの食感がたまらなく美味しい。

私は山椒が好きなようで、山椒を遠慮なくかけて食べられる食べ物なのも好き。

 

話は変わって、一昨日、とある本を買った。HSP(Highly Sensitive Person)の本。個人的には、私がどういう種類の人間なのか考えなくていいやと思っている。名前なんてつけなくていいし、つけても間違ってるかもしれないじゃんと思っている。私はHSPなのです!と声高に宣言してもね…。だけど少しでもしんどいことが緩和すればいいなぁと思って、手に取ってみた。

 

毎日、確かに生きていきたい。それが私の願い。

1209 1度だけやってみたいことリスト

・デリバリーピザを頼んで(自分でお店まで足を運んでも良い)ピザの箱の蓋を開けて「わぁ〜ピザだ〜」ってテンション高めに感動したい

・ついでにピザも食べたい(もちろんピザは食べたことある)

・コーヒー豆を買って、ゴリゴリ自分で挽いて、コーヒーを入れて飲みたい

・あくまで豆を挽くことがメイン

・上等なホテルに泊まって良いホテルサービスを受けてみたい

・美味しい油そば食べたい

・駅弁食べたい

・100kmマラソン走ってみたい


以上。